最近レッスンでフォーレを扱うことが多いので、フォーレの和声法の理解のために、個人的にも色々な作品を見直しています。 今回はヴァイオリンソナタ2番を少しアナリーゼしてみたいと思います。

 

 

wikiの解説 

 

楽譜(imslp) 

 

この曲は全体的にかなり半音階化された調域の広い和声法で作られていて、同世代のフランクや後の世代のドビュッシーやラヴェルを連想させる箇所がたくさんあります。  

 

 

   

 

冒頭は和声を伴わない旋律のみの主題から始まります。一応KEY-Emなのですが、古典的な楽曲のようにトニックが強調されることはなく、主和音のEmコードはむしろ意図的に隠されています。 

 

 

いつものように上にコードネーム、下にディグリーを付けていきます。最近は瞬間的に移調して、似たようなフレーズを作ったりするのに、ディグリーだけを見て移調しようとすると転回形がわかりにくいので、和声学の和音記号みたいにディグリーに転回形の記号を使っても良いような気がしてきました。そのうちまた考えます。 

 

 

 和声のポイントとしては、私にとってはフォーレと言えば3度、3度と言えばフォーレなのですが、このヴァイオリンソナタでは半音階がテーマになっているせいか、3度のみならず半音階的な和声連結がかなり出てきます。 

 

 

始まってすぐに転調するのはフォーレに多いですが、5小節目2つ目の和音のFがKEY-Emにとってのナポリの和音、KEY-Dmにとっての♭Ⅲの和音になってピボットコードを経由した半音上への転調になっています。   

 

 

そのあとすぐに戻ってきますが、6小節目のDmB7のところでラを共通音にして転調しています。この曲全体で使われる音使いとして掛留音がありますが、レの音がB7に入っても掛留しており、(この場合は#9thのテンションコード)全体を通してギリギリの不協和を好むような和声法で作られてます。

 

 

弦楽四重奏も似たようなコンセプトですが、その辺をうまく真似るのかフォーレっぽい曲を作るポイントの1つになります。フォーレっぽく作る必要はなくても、示唆に富んだ技法です。   

 

 

フォーレは様々な箇所でaugコードをトニックやドミナントで対応しますか、 7小節目のGaugに見られるように短調であることを強調するために、♭Ⅲよりも♭Ⅲaugを使うこともあります。   

 

 

普通の♭Ⅲだとコードスケールとしてはアイオニアンになってしまい長調のⅠと区別が付かず明確な短調感を出しにくいですが、♭Ⅲaugにしてリディアンオーグメントやアイオニアン#5にすれば明確に短調感を出すことが出来ますので私も良く使います。 最後のGaugA7B(Bは単音ですが)はフォーレ終止ですね。  

 

 

   

 

次に主題確保の部分ですがピアノのオクターブ奏法の低音フレーズによって反復進行のような第一主題の変形が上行で奏され、ヴァイオリンはそれに3度でハモっています。  

 

 

 

 

単純化すると上の譜例のようになります(上がヴァイオリン、下がピアノ)。2声対位法というよりは3度のハモリ中心のフレーズですが、メロディー+和音伴奏というスタイルではない線的なスタイルは面白いです。 

 

 

フォーレは教会旋法の影響なのかモードっぽい箇所がたまに出てきたりするのですが、和声を伴わないモードっぽいフレーズもたまに出てきます。   

 

 

 

 

短い推移部分を伴って副次的主題に向かいます。 フォーレはナポリの和音をあらゆる場面で愛用していますが、この短い推移中にもフォーレらしいフレーズや和声の特徴が見られます。

 

 

 例えば掛留を多用をして不協和を楽しんだり、古典的なカデンツを意図的に避けていたり、Ⅱ度の和音がⅡm-5ではなくⅡmになっている点です。

 

 

 言うまでもなくこのⅡmはメロディックマイナースケール出身の和音ですが、メロディックマイナーやハーモニックマイナーの活用がフォーレの和声法の大きな特徴の1つです。 

 

 

Ⅱm→♭Ⅵ→Ⅳm→というサブドミナントの代理の後に主要三和音のⅣに進んでいますが、これも古典和声と隔絶したフォーレに普遍的に見られる発想です。ドミナントも避けられていて(特にⅤ)フォーレが愛用する♭Ⅶの和音が最後に現れます。 

 

 

 

 

スコアマーク「1」に入ると副次主題がスタートしますが、同時に転調の嵐の始まりです。 基本的にはバスが2度進行の和声で 1小節ごとに所属キーが変わっている非常に色彩感に富んだ和声です。クルクルと回る万華鏡のように私には見えます。 

 

 

まずKEY-Em部分はF#m→F#m7/E→GM7/F#とドミナントを伴わないフレーズが始まり、特に面白いのがGM7/F#のⅠ7の第3転回形です(ポピュラーならⅠM7の第3転回形)。 

 

 

 

 

KEY-Cに直すと上の画像のようなボイシングなのですが、バスの第7音と根音が短9度とでぶつかります。 

 

 

ビバップ以降のジャズでよく見られる和音ですが、フォーレがこの和音を分析に書いてあるとおり♭ⅢM7の第3転回形として使っているのか、あるいはオルタードドミナントコードとして使っているのかはわかりません。 

 

 

オルタードドミナントコードとして考えるならばF#7sus4(♭9th,♭13th)となり、次のFに対する裏コードのドミナントモーションになります(アッパーストラチャー♭Ⅱ)。 和音の形態からはどちらであるか?はわかりませんが、フォーレが オルタードドミナントとして使っていた可能も正直捨て切れません。

 

 

 sus4のオルタードドミナントとかジャズの時代に生まれた理論なんじゃないの?と思われるかもしれませんが、sus4のオルタードドミナントにフリジアンやドリアン♭2を使ったりするテクニックは確かに名称が決められて万人にわかるように理論化されたのはバップ期かもしれませんが、用法自体はすでにドビュッシーやラヴェルの作品に見られることは既に何度かこのブログでも書きました。  

 

 

マイルスデイビスもモードジャズを作るのに際して、近代フランスのラヴェル等を研究したと言っていますし、いわゆる音楽理論はほとんどクラシックに端を発しています。  

 

 

 この和音は♭ⅢM7の第3転回形ともとれますが、アッパーストラチャー♭Ⅱとも取れるため、判断がなかなか難しいところです。弟子のラヴェルの世代にこういった技法が既にあるわけですからその師匠のフォーレの時代になかったとは断定できません。

 

 

この部分がオルタードドミナントのF#7sus4(♭9th,♭13th)でなかったとしても、フォーレがこの技法を知っていた可能性は大いにあります。 そこまでフォーレマニアというわけでもないので、今後もフォーレの作品を見ていく中で何かわかればまた書かせて頂きます。

 

 

 

 次に冒頭と同じ転調調域であるKEY-F(またはKEY-Dm)に向かい、FFM7/EDmと和声進行が進みます。当たり障りのない、ポピュラーでもよく出てくる進行ですが、これも即座に転調します。 

 

 

その後は3度転調の連続で、これはフォーレ和声の根幹をなす音程です。これはある種の反復進行と取るべきで、KEY-FからKEY-Aへ3度転調、KEY-AからKEY-Cへまた3度転調、KEY-CからKEY-Eへさらに3度転調、最後にKEY-EからKEY-Gへ3度転調と連続する3度転調です。

 

 

ACEGでコードで言うとAm7を形成する転調領域です。 転調部分は基本的に全てピボットコードとして解釈することができます。フォーレに突然転調がないわけではありませんが(むしろいくつもありますが)、フォーレの転調の特徴として同主短調の所属和音を使用するという彼の傾向がここにも現れています。

 

 

 

転入和音はフォーレの愛用の和音である♭ⅢやSDMのⅣmが多用されています。   

 

基本的には反復進行なので、和声進行自体は同じものですが、徐々にクレッシェンドしながら盛り上がっていきます。最後に出てくるKEY-Gは主調のKEY-Emの平行調ですし、その後出てくるA7やF#mはKEY-Emのメロディックマイナー出身の和音のようにも聞こえるため(副属7とも取れますが)、グルっと回って帰ってきた感じです。   

 

 

 

 

そして流れるような美しいフレーズが開始されます。F#7は一応KEY-Gでディグリーが書かれていますが、冒頭と同じKEY-EmのメロディックマイナーのⅡ7と取りたいところです。 

 

 

♭13thの音がヴァイオリンで伸ばされて、次のラ#をシ♭とエンハモしてシャラン的転調(フォーレがよくやるパターン)し、KEY-Ebmへ進んで曲は続いていきます。

 

○7で♭13thを伸ばすのはほとんどジャズのような音使いも面白いですね。   

 

 

アナリーゼはここまでですが(気が向いたら続きを書かせて頂きます)、僅かこれだけでも難しいと感じる方がいらっしゃるかもしれません。フォーレの後の世代のドビュッシーやラヴェルに比べるとまだ簡単な方ですが、ポップスの歌ものと同レベルの知識でアナリーゼできるのはシューマン?(もうちょっと遡ってシューベルト)くらいまでで、その後のブラームスやフォーレ以降は割と真面目に勉強しないと難しいというのが多くの方にとっての現実的な問題なのではないかと思います。  

 

 

アナリーゼを和声学ではなくポピュラー理論でこのブログでは行っており、どちらでやっても別に自分がわかれば良いとは思うのですが、いわゆる古典和声が通用しない作風ですので、ロマン派の和声や近代フランスの和声を「和声学」というアプローチから学ぶよりも、「ポピュラー理論」から入っていった方がわかりやすいと思います。  

 

 

 私が以前に書いた音楽理論の基礎本に書いてあること(+ちょっと和声の知識)がちゃんと理解出来れば大抵はアナリーゼすることが可能で、フォーレ(またはほかの作曲家)が好きであるとか、ハーモニーやコード進行についてもっと技術の幅を広げたいとか、純粋な作曲技術の向上を目指しているとか、自分の演奏する曲に対して理解を持ちたい演奏家の方など、色々なケースがあると思いますが、ちゃんと理解して音楽を受け取るというのは、結構楽しかったりします。   

 

 

作曲という見地からも別にフォーレのコピー機になる必要はなく、またなることも不可能ではありますが、こうして得られる様々な知識、技術はやればやるほど膨大な量となって自分自身の作曲技術のバックボーンになってきます。 

 

 

音楽はどちらかというと閃きが大切だと私は思っていますが、こういった知識・技術的な側面を無視することもできないのもまた事実であり、知識・技術はあればあっただけ得ですので(必要ないと感じたら使わなければいい)、作曲をなさっている方には大いにオススメです。   

 

 

演奏に関しては、もちろんアナリーゼして作品の本質を理解していた方がいいと思うのですが、少なくとも日本と演奏家さん達はあまりこういったことに力を入れていないようで、個人的に知り合う様々な楽器の演奏家さんの方たちはこのあたりに関してはあまり明るくない方が多いです。   

 

 

演奏家さん達に意見できるような立場ではないので何とも言えませんが、基本的には譜面に書いてある通り音を鳴らせば音は鳴るものの、楽器の演奏能力の向上と共に知性を発達させて、例えばフォーレならフォーレの作品が理解できるレベルまで発達した知性を持った演奏家が増えたときに演奏家さんたちの世界がどう変わっていくのか、また作品の演奏に作品を理解できるレベルの知性の有無がどのような変化となって現れるのかは個人的にちょっと興味があったりします。   

 

 

テレビに出ているようないわゆる超一流の演奏家さん達は、多分こういったを理解して演奏していると思いますが、理解したからといって分かりやすく結果に現れる分野でもないと思いますので、なかなか難しいです。   

 

 

フォーレの作品が全部が全部こういった高度なものではなくもっと親しみやすい、例えばシシリエンヌのようなわかりやすく美しい作品もありますので、フォーレに興味がおありの方は、まずはとっつきやすいところからスタートしみるのも良いかもしれません。  

 

 

私自身も作曲のレッスンで、フォーレ(やドビュッシーやブルックナーやラヴェルやベートーヴェンなど)っぽいフレーズのお手本を生徒さんに作ってあげたり、あるいはその中身の解説をしたりするので、私自身もこうやって日頃から勉強をしないといけないわけですが、私自身としてもやればやるほど成長していく実感がありますので結構楽しかったりします。 

 

 

それと同時にこういった大作曲家たちとは異なるアプローチ、異なる考えで、出来ればもっと進んだ私の時代なりの方法で曲を作ってみたいという気持ちも段々強くなってきます。 私は昔ドビュッシーやラヴェル、あるいはフォーレやベートーヴェンやバッハなどが好きでした。それは今でも変わっていません。 

 

 

しかし、漠然と感じていた格好良さが理屈としてある程度までは理解出来て、自分でもその和声法を(ある程度まで)使えるようになると、なんだか種のわかった手品みたいで、種のわからない手品を見ている時の面白さはなくなってしまいました。   

 

 

手品に高度な技術が必要で、また練習も積まなければいけないことはわかっていますが、少なくとも種がわかればそれっぽくすることは誰にでも可能であり、漠然とした憧れや尊敬以外の感情が生まれます。 種がわかると見方は変わってきますが、純粋に高度なものは技術として面白いですし、自分でもやってみたいという気持ちが起こります。   

 

 

 

特に後期ロマンや近代フランス音楽がそうでしたが、自分では理解できなかったものに対する憧れは、内容の意味が分かり、自分でもある程度真似出来るようになると「かっこいい、こんな曲を作ってみたい」という初歩的なレベルを脱出してもっと別の感情が生まれてきます。   

 

 

要するに「真似でいいのか?」ということですが、自分なりの作風の確立というのはかなり難しく、またいちいち考える事でもないと思いますが、この辺は私自身の課題としてじっくり取り組んでいきたいと思います。