「母の力作」
息子の運動会に母を誘った。
「ひさしぶりにおばあちゃんがお弁当をつくろうかね」
母はうれしそうに言った。
「サンドイッチがいいらしいよ」
私がそう言うと少しがっかりした顔をした。
「わたし、おむすび食べたいな~」妻が言った。
結局母はおむすびのお弁当を
妻は息子のためにサンドイッチを作ることになった。
いつもは家事を妻に任せている母だが、
今日は朝から張り切ってお弁当をつくっている。
お弁当を持って後から行くという母を残して、
妻と先に小学校へ向かった。
円形のグラウンドをぐるっと囲むようにして
父兄たちが陣取っている。
そろそろ午前の部、最後の徒競走だ。
母はまだ来ない。
かけっこが得意な息子はおばあちゃんに
必ず見るように言っていたのだが、
お弁当づくりに時間がかかっているのだろうか。
おばあちゃんが見ていなかったことを知ったら
息子はひどくがっかりするにちがいない。
パーン!
ピストルの音が秋空に響いて次から次へ生徒たちが走ってくる。
そろそろ息子の番だ。やっぱり母は間に合わなかったようだ。
スタートラインに息子が立った。
パーン!しまったスタートで遅れてしまった。
がんばれ!一人抜いた。二人抜いた。あと一人。
よしっ!とうとう先頭に立った。
その時「たかひろ!がんばれ!」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
びっくりして振り返ると
後ろの方で立って見ている父兄たちの中に母がいた。
小柄な母は人垣に隠れてしまいそうだったが
首を伸ばして孫の姿を追っている。
両手に下げた風呂敷包みがひどく重そうだ。
手が棒のように伸び切っている。
知り合いのご家族にも食べてもらおうと、
お弁当をたくさん作ってきたに違いない。
昔からそういう母だった。
「たかひろ!たかひろ!」
母はあいかわらず孫に向かって私の名前を叫んでいる。
自分では気づいていないらしい。
私と妻は顔を見合わせて笑った。
息子の友達のお母さんもそれに気づいて笑っている。
息子が得意満面な顔でやって来た。
「おばあちゃん見てた」
「あ~、見ていたとも。すごいね~。一等賞だね」
さあ、お弁当の時間だ。
いっせいに校庭がざわめき立った。
妻が遠慮がちにサンドイッチの包みを開けている。
うれしそうにお弁当を広げてゆく母。
野菜の煮物、鶏の空揚げ、卵焼き、おむすびが
きちんと並んでいる。
子供の頃に食べたお弁当がそこにあった。
懐かしい思いでおむすびをほおばった。
おや?思ったよりやわらかい。
私が子供の頃母がつくってくれたおむすびは
もっとしっかりしていた。
強い力でぎゅーとにぎりしめた感じが伝わってきたものだが、、、、
母の老いを実感した。
私が小学生の時、父が急逝し、
母は働きに出なければならなかった。
休暇がとれず授業参観に来れないことも何度かあった。
学校のことがおろそかになることを
母はなによりも気にかけていた。
その埋め合わせという気持ちもあったのだろうか。
遠足や運動会には誰にも負けない
立派なお弁当を作ってくれた。
友達のうらやましそうな顔。私は鼻が高かった。
いつの間にかおむすびをほおばっている孫を
母が笑顔で見ている。
ずいぶん小さくなっちゃったな~。
母の背中を見てそう思った。
せいいっぱいの力で握ったんだね、母さん。
「たかひろ。おかずも食べなきゃ。」
母がまた名前を間違えた。
息子の運動会に母を誘った。
「ひさしぶりにおばあちゃんがお弁当をつくろうかね」
母はうれしそうに言った。
「サンドイッチがいいらしいよ」
私がそう言うと少しがっかりした顔をした。
「わたし、おむすび食べたいな~」妻が言った。
結局母はおむすびのお弁当を
妻は息子のためにサンドイッチを作ることになった。
いつもは家事を妻に任せている母だが、
今日は朝から張り切ってお弁当をつくっている。
お弁当を持って後から行くという母を残して、
妻と先に小学校へ向かった。
円形のグラウンドをぐるっと囲むようにして
父兄たちが陣取っている。
そろそろ午前の部、最後の徒競走だ。
母はまだ来ない。
かけっこが得意な息子はおばあちゃんに
必ず見るように言っていたのだが、
お弁当づくりに時間がかかっているのだろうか。
おばあちゃんが見ていなかったことを知ったら
息子はひどくがっかりするにちがいない。
パーン!
ピストルの音が秋空に響いて次から次へ生徒たちが走ってくる。
そろそろ息子の番だ。やっぱり母は間に合わなかったようだ。
スタートラインに息子が立った。
パーン!しまったスタートで遅れてしまった。
がんばれ!一人抜いた。二人抜いた。あと一人。
よしっ!とうとう先頭に立った。
その時「たかひろ!がんばれ!」と私の名前を呼ぶ声が聞こえた。
びっくりして振り返ると
後ろの方で立って見ている父兄たちの中に母がいた。
小柄な母は人垣に隠れてしまいそうだったが
首を伸ばして孫の姿を追っている。
両手に下げた風呂敷包みがひどく重そうだ。
手が棒のように伸び切っている。
知り合いのご家族にも食べてもらおうと、
お弁当をたくさん作ってきたに違いない。
昔からそういう母だった。
「たかひろ!たかひろ!」
母はあいかわらず孫に向かって私の名前を叫んでいる。
自分では気づいていないらしい。
私と妻は顔を見合わせて笑った。
息子の友達のお母さんもそれに気づいて笑っている。
息子が得意満面な顔でやって来た。
「おばあちゃん見てた」
「あ~、見ていたとも。すごいね~。一等賞だね」
さあ、お弁当の時間だ。
いっせいに校庭がざわめき立った。
妻が遠慮がちにサンドイッチの包みを開けている。
うれしそうにお弁当を広げてゆく母。
野菜の煮物、鶏の空揚げ、卵焼き、おむすびが
きちんと並んでいる。
子供の頃に食べたお弁当がそこにあった。
懐かしい思いでおむすびをほおばった。
おや?思ったよりやわらかい。
私が子供の頃母がつくってくれたおむすびは
もっとしっかりしていた。
強い力でぎゅーとにぎりしめた感じが伝わってきたものだが、、、、
母の老いを実感した。
私が小学生の時、父が急逝し、
母は働きに出なければならなかった。
休暇がとれず授業参観に来れないことも何度かあった。
学校のことがおろそかになることを
母はなによりも気にかけていた。
その埋め合わせという気持ちもあったのだろうか。
遠足や運動会には誰にも負けない
立派なお弁当を作ってくれた。
友達のうらやましそうな顔。私は鼻が高かった。
いつの間にかおむすびをほおばっている孫を
母が笑顔で見ている。
ずいぶん小さくなっちゃったな~。
母の背中を見てそう思った。
せいいっぱいの力で握ったんだね、母さん。
「たかひろ。おかずも食べなきゃ。」
母がまた名前を間違えた。