手配写真あり熱燗の販売機/泉田秋硯

                           
季語は「熱燗(あつかん)」で冬。日本酒は飲まないから、熱燗の販売機があるとは知らなかった。面白いもので、人は自分に関心の無いものだと、目の前にあっても気がつかない。毎朝の新聞を読むときなどは、その典型的な縮図みたいなものであって、たとえばいかに巨大なカラー広告が載っていようとも、興味の無いジャンルの商品だと、ぱっと見てはいるのだが何も残らないものである。寒夜、作者は熱燗を買うべく販売機に近づいた。数種類あるうちのどれを買おうかと眺め渡したときに、はじめてそこに「手配写真」が張られていることに気づいたのだろう。でも、たぶんしげしげと見つめたりはしなかった。こんなときに私だったら、逃亡者に同情するのでもないが、この寒空に逃げ回るのも大変だなと、ぼんやりそんなことを思うような気がする。むろん作者がどう思ったかは知る由もないけれど、しかし句の要諦はそこにあるわけじゃない。ささやかな楽しみのために熱燗を買おうとしているのに、イヤな感じを目の前に突き出してくれるなということである。逃亡者の存在がイヤなのではなく、そういうところにまで張り出す警察の姿勢がイヤな感じなのだ。手配写真は密告のそそのかしだから、いかに社会正義のためという大義名分が背景にあるにせよ、あれを晴れやかな気持ちで眺められる人はいないだろう。「せっかくの酒がまずくなる」とは、こういうときに使う言葉だ。『月に逢ふ』(2001)所収。(清水哲男)
「増殖する俳句歳時記」より。



熱燗/あつかん
三冬
 

燗酒/焼燗
 

酒を湯につけて熱く
すること。最近では
電子レンジなどで燗
をつけることも多い


柳折て雪を恋慕のわかし酒
暁台 「暁台発句集」

(きごさい)より。





クロッキー 熱燗





熱燗に牧水の歌は合いませぬ

熱燗や人妻口説く御膳立

熱燗へいそぎ足になる街の昏

自販機に熱燗買ひて墓の前

熱燗のヤカンでまはす飯場酒

熱燗は口をすぼめてキスのごと

熱燗やしみじみ思ふ親の恩

熱燗に胸をあふるる涙かな




熱燗で一句どうぞ。