昊山人 遺稿句集


千谷昉央句集『乙』

テーマ:昊山人俳句匣

千谷昉央藝文雜筆

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◆甲寅藝文雜筆最終回◆

 ※突然のブログ終了の為、取り敢えず締めくくりを作ってみたけれども、何分にも菲才の身ではあり、秀句を並べるのはおろか、出来るものとしてはせいぜいが以下のような内容でしかない。これはあくまでも〈未完〉句集である。
 とは言え、これが現在自分の精一杯のところであるのも確かなので、これはこのまま公表することとする。御笑読の上、せいぜい拡散してくださることを希望します。


 千谷昉央(ちたにあきひさ=昊山人)句集

 『乙(いつ)』111句

 
 初茜晩年したたかに赤き

 若水のこごしき澄みや学成らず

 獅子頭置きて若きの金のピアス

 猿曳の猿鎮まりて賢者の顔

 牛日の閑かに面忘れの人

 戎笹幼な等は玩具の銃を

 蘿蔔の真白に身ぬち騒立つも

 点燈夫去り七草の炊き余り

 鏡割る街中に人と人が集ひ

 土龍打ち一人は一心不乱に打つ

 満潮の空ほのぼのとちやつきらこ

 我と人行きずりに女正月なり

 骨正月われらに骨のありて見えぬ

 一月の正午路面のはつか皺む

 飲食の戸のあかあかと一月尽

 覚醒の不可思議を春の耳の急ぎ

 『歴史は夜作られる』引鴨の海

 芹かつてパラサウロロフス呼吸せし

 息吐くも一期の仕事鳥雲に

 霾天に生活者たり真昼過ぎ

 野の町の子等てんでんに春まみれ

 田楽やじやんけんちんばべつかんこ

 麗らかや頭蓋に遠く水の音

 逃げ水と少年先へ立つにまかせ

 鞦韆の字の秋のゆふまどひかな

 瀝青の下三月の水動く

 刎頚の契りとも葱坊主とも

 水面には業平の老い桜梅雨

 葬服の彌生の襟を正しうす

 遅桜手話かしましく女夫なり

 一体のしかばねも無く彌生尽

 芍薬のほのか合掌に至らず

 白丁花鶏割く人の仏顔

 金雀児に阻まれて道半ばとなる

 半夏生ジルベール・ド・ヴォワザンの美髯

 『白粉と毒薬』と火と風と蕗

 青竹の素裸の群夏始まる

 人生の一日や瑠璃葉虫に逅ふ

 山法師けざやかに鏖殺のこと

 鐡鉢に若夏の水賜りし

 踏切の人も虞美人草も昏れ

 遠明かり麦笛の子に置いて行かれ

 剥き卵刑吏の五月病の朝

 鳥影に一山の萌色を賜ぶ

 やがてかなしき豹の檻五月いのちはいのちを食む

 醜貌のすずしく行きて五月晴

 六月の蹴球中つ空に竦む

 蛾の生れてふと人生の日曜日

 子の刻に寡婦たりし科濃紫陽花

 曇天の遊戯しろがねに花樗

 地は天の剽窃にしてアガパンサス

 昧爽に海鞘割くことも怕ろしき

 黄禍青禍碧禍猩々緋禍の朱夏

 心霊の過ぎしばかりを葛桜

 瑠璃蜥蜴腋誇りかに朝の少女

 たかむしろ子が無い家の人形事

 佛桑華老いて少年少女なり

 風に眉目 驟雨の鬣のしぶき

 瑠璃かなし斑猫は死を鬻ぎ奔る

 青天のをちに山滴るをなど

 衆生暑き十有余歩を瀝青の上

 日輪に血の凌霄花と人人人

 碧天を夏蜜柑転がる転がる

 木の間道晩夏の人となりて行く

 盂蘭盆会我は昭和の子なりけり

 夏の秋青年老いて海より来

 夏の秋曇日の男となりぬ

 夏の秋わらんべ海風に赤く

 桃啖ふ女や夜鳥眼開く頃

 蟷螂のゆうらりと待ち呆けかな

 老いらくの戀秋茜かも知れず

 香水店月夜に玻璃の澄みわたる

 曼珠沙華強姦といふ語の美はし

 『二年間の夏休み』遠き花野かな

 葦原の最中や我といふ戦ぎ

 雁渡る存念を生田耕作の忌

 秋天の素白に漢等のかしは手

 地震過ぎてあざらかにあり大花野

 叢林の劫罰として啄木鳥は

 鵙の贄母癇癖におはせしこと

 父母未生以前薄日に胡麻をはたき

 万鬼節死語ばかりなど鏘然と

 戀の字の一画毎に時雨れ行く

 秋時雨僧房はたをやかに留守

 百合鷗月月火水木金金

 ながらへて陽に燦爛と冬の蚰蜒

 中天の真白き穢れ白鳥来

 冬林檎永訣たはやすきのみを

 片時雨影一葉の持ち重り

 冬の雲情死行四十年の果て

 枯木星刹那に仰ぎ妊れり

 冬薔薇買ひそびれ死者の誕生日

 『進撃の巨人』を置きて手套の子

 牛の戀静まるまでを枯野かな

 寒牡丹「石もてこの女を打て」

 臘月の淼と男を曇らしめ

 雪をんな乾きて白き椀の飯

 北颪昼ふけなれば乳房欲しき

 冬の水ゆふべむまやに呱呱の声

 上天の無謬の青を聴きたまへ

 土 陽だまりに死者が来てゐる

 怠惰の午後鉄漿色に過ぎ寒卵

 銀椀に牡蠣うすみどりの未練

 方相氏たりしが朝に紛れをり

 雪兎角砂糖だけ買うて戻る

 冬菫にんげんの子と父と歩み

 寒鴉ここに大藪石材店

 胡羅葡の髭数へ家郷遠くなる

 離合その悲しみを胡羅葡の髭数へ家郷遠くなる

 離合その悲しみを山眠るべし

 衆生吾に重力ありて四方の春


 後書に代へて
 青鷹昭和九十一年の天 昊山人


 ー 千谷昉央句集『乙』・了 ー