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☕ ④津久井道三角地帯の銅板葺き看板建築 

 

 

 

 

茶沢通りは栄通り商店街と並び三軒茶屋のメイン商店街と言ってよいだろう

 

 

もちろん矢倉沢往還や津久井道も賑やかな商店街ではあるが、道幅が広いため、多くの店舗が並んでいるが商店街というのとは、少しニュアンスが違うような気がする

 

たとえるなら、渋谷や新宿にも店はたくさん並んでいるが、それを商店街と呼ぶ者はいないのとニュアンスは似ている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この道が敷設されたのは戦後になってからのことなので、戦前物件は見当たらず並んでいるのは、昭和中期頃に建造された看板建築と低層の雑居ビルが多い

 

前回の記事で紹介した「坂本商店」のような老舗もなくはないが、どちらかといえば新しい飲食店が目につく

 

 

 

 

 

 

 

 

前回の記事で話題にしたように新しい道路を敷設した場合、新道は直線的に設計するため従来からあった古道とは、鋭角に交差する箇所が多く生まれる

 

かつての江戸府内は別にして東京の町の外郭は、京都のような都ではなく田圃や畑が広がっているような場所であった。そこに無理やり直線的な道路を嵌め込むと、上の写真のような鋭角な交差点が発生するわけだ

 

 

茶沢通りを真っ直ぐゆけば新玉川線の三軒茶屋駅に、右側の細い路地に曲がるとキャロットタワーの1階にある世田谷線の三軒茶屋駅に出る

 

 

以前は角にある揚げもの中心の惣菜屋の数軒先に古書店があったが、なくなってしまった。そういえばその先の路地を右に曲がった路地裏には、僕が高校生の頃イタリアンレストランなのに、イタリアンロックのレコードを売っている店があった

 

僕がイタリアンロックにハマったのは、その店がなくなった後なので入ったことはないが……

 

 

余談だが、もう数年聴いたことはないが、イタリアのロックバンドの名前なら今でも鮮明に記憶しており、別に資料など見なくてもバンコ・デルムート・ソッコルソとかイル・バレット・ディブロンゾとかロッカンダ・デレファーテとかプレミアータ・フォルネリア・マルコーニとか完璧に記憶している

 

 

 

 

 

 

 

 

この路地には飲み屋などの飲食店が多いが、昔はもっと普通の店が並んでいたような記憶がある

 

三軒茶屋のこちら側は、キャロットタワーを核とした区画整理と再開発で古い建物は一掃されてしまい、せっかく闇市の面影を残した一角が残っていたのに、今は跡形もなくなりツマラナイ町になってしまった

 

 

が、この細い路地を抜けてキャロットタワーを横目に見つつ津久井道に出ると、いまだに闇市の雰囲気を残した三軒茶屋の核心部である「三角地帯」が残っている

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

津久井道沿いから見ても三角地帯の魅力は伝わらない。少し古い昭和中期頃の看板建築などが並ぶありがちな風景だからだ

 

しかも、かつての津久井道も現在は「世田谷通り」という幹線道路のひとつになっているため、ドトールなどの全国チェーンの店が並んでいるからなおさらである

 

 

ところが、津久井道沿いを世田谷方面に向かって5分ほど歩き三角地帯の外れまでやって来ると、こんな建物が目に入る

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三軒茶屋ならぬ三軒長屋の銅板葺き看板建築である

 

世田谷区が発展したのは昭和以降の話なので、東京の下町のような古い町は、この先の世田谷代官屋敷付近ぐらいしかなく、江戸期から続く農家以外は、さほど古い建物が残っていない

 

 

したがって、銅板葺き看板建築が隆盛を極めた昭和初期から、そういった建物が建っていた場所も限定されるため、区内に銅板葺き看板建築はこの三軒茶屋とシリーズ最初に紹介した多角形看板建築、そして下北沢の隣駅である池ノ上にある3棟しか残存していない

 

なので、この三軒長屋の銅板葺き看板建築は、今すぐ有形文化財に指定して保護してほしいぐらい貴重な物件と言えるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この看板建築は、向かって右側の「トケイ&メガネ 信陽堂」以外は、現在も営業しているので、しばらくは取り壊されてしまうことはないだろう

 

まあ、そんな風に油断していると、いつの間にか解体されてファッキンなマンションに建て替えられてしまうから、最近の東京は油断も隙もないが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらの看板建築は建造されてから軽く90年は経っているが、その裏手にあった新しい建物が、僕の知らないうちに解体されて更地になっていた

 

ちなみに、裏手には以前銭湯があったが、いつの間にか取り壊されてしまったので、廃業したのかと思っていたら跡地に出来たマンションで現在も営業している

 

 

銅板葺き看板建築の裏側は、軽自動車がギリギリ通れそうな細い路地なのに、地味に五叉路になっており、看板建築の真後ろには……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「松原鮮魚店」という、思わず立ち止まって瞠目してしまうような見事な廃業物件があった

 

この物件、一見すると戦後の建物のように思えるが、錆び錆びのファサードの横の部分に、チラリと看板が銅板葺きである証拠の緑青が見えており、もしかしたら戦前物件かもしれない

 

 

ところが、久しぶりに訪れてみると建物は残っていたが、このアートの領域に達している素晴らしい錆び錆びのファサードの上から、あろうことかサイディングボードが貼られてしまい、面白味の欠片もない姿にされてしまっていた

 

ここ何年も営業している光景を見たことがなかったが、もしかして偶々閉まっているときにばかり通りかかっていたのか?

 

 

そう思って過去のストリートビューをたしかめてみるが

 

 

 

 

 

 

 

 

営業している姿は、いちばん古い2009年の映像に写されているだけで、あとはシャッターが閉まった姿しか写っておらず確認することはできなかった

 

これで三軒茶屋の核心部である三角地帯の津久井道の物件は紹介したので、次回はいよいよ三角地帯のカオスな内部に侵入する

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

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