🏠🏠🚚🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠

 

 

 

 

 

 

 

🚚 ⑭首都高速にぶった切られた終わった商店街 

 

 

 

 

 

都電荒川線の滝野川一丁目電停車から緩やかな坂道を登った突き当たりに、入母屋屋根の古民家があった

 

この物件は7年前の散策のとき偶然発見したものだが、その場所は無意味な道路予定地になっており、とうの昔に解体されて更地にされているかと思っていたが、意外なことに当時とほとんど変わらぬ姿で残っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

異なるのは建物の前に立っていた立派な銀杏の木が、無残にもブツ切りにされていたことぐらいだろうか

 

そして建物の横から回りこんでみると、廃屋だとばかり思っていた建物の入り口の脇にある玄関灯に明かりが灯っていた。ということはまだ居住者がいて廃屋にはなっていないことになる

 

 

 

 

 

 

 

 

すでに7年前からこの入母屋屋根の古民家の周囲にあったであろう建物は、ほとんど解体されて更地にされていたが、隅っこのほうに片流れの看板建築のような不思議な倉庫が残っていた

 

 

ところで、僕は無意味とかクダラナイ道路予定地と何度も書いているが、この道路予定地がどこに繋がるのかを見たら、誰もが呆れるにちがいない

 

多くの建物を、つまり人びとの生活を根こそぎ破壊した挙げ句、このクダラナイ道路は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるでかつてのベルリンの壁のような、明治通りの真ん中に首都高速中央環状線が重なっている場所に突き当たるのだ

 

これではせっかく道路が開通しても、さして必然性があるとは思えない、存在理由がよくわからない丁字路がひとつ出来上がるだけで、この道路によって利便性が高まるとか、劇的に交通渋滞が解消するなんてことは一切ないだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

これがこの場所の地図だが、首都高速中央環状線の左下の「早稲田ビル」「ファミールコアメゾン」の間から下に伸びる盲腸のような部分の先が道路予定地である

 

ご覧のように仮に道路が開通しても目の前にあるのはベルリンの壁のような首都高だけで、その先は迷宮のように入り組んだ細い路地だらけの滝野川の町しかない

 

 

もしかしたら長期的な計画では、この都内でも有数の住宅密集地を立ち退かせて更地にして、そこに道路を通すつもりなのか? そんな馬鹿ばかしいことに無駄な税金を使うより、もっと有益な使い道はいくらでもあるはずだ

 

大昔に計画された今となっては現実性のない、無意味な大規模再開発は複雑に利権が絡むため、どんなに馬鹿らしい計画でも止めることもできない。この国を荒廃させているのは、そうした土建主体の政治で、諫早湾干拓事業や長良川河口堰が代表例であろう

 

 

そして、そんなクダラナイ計画をごり押しする愚劣な政党に投票しているのが、国民なのだからこの国の将来はお先真っ暗と言わざるを得ない

 

 

などと幕末の志士のように義憤に駆られながら、首都高速中央環状線の下をくぐって明治通りをわたると

 

 

 

 

 

 

 

 

ええっ、こんな場所に商店街が!?

 

唐突に「ばんば商店街」というアーチがあって驚いた。この場所は都電の滝野川一丁目からもJR王子駅からも完全に隔絶しており、商店街が成立する理由がよくわからない

 

 

考えられるのは戦前、まだ王子電気軌道だった頃は、飛鳥山→滝野川→新庚申塚と停車場が少なく西ヶ原四丁目などの電停はなかったので、滝野川電停最寄りの商店街だった可能性がある

 

現在、都電からは首都高のせいで隔絶されてしまっているが当時は地続きだったので、その可能性は十分あるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚いたのは商店街に足を踏み入れると、アーチの横にセブンイレブンがあった以外は、「飛鳥山温泉」という銭湯が営業していただけで、ほとんど店がなかったことだ

 

いや、もちろん“店舗だった建物”は並んでいるのだが、そのほとんどはシャッターが閉ざされ、看板などは出ておらず定休日ではなく明らかに“廃業”しているような雰囲気であった

 

 

これではまるで地方の寂れたシャッター街ではないか。果たしていつ頃まで商店街として機能していたのか気になるので、いつものように過去のストリートビューを見てみると

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いちばん古い2010年の段階においては「飛鳥山温泉」の向かい側には中華料理屋「珍来」、その先には看板建築の鮮魚店「魚長」、美容室「マチダ」(通りの反対側の珍来の場所に移転したようだが廃業している雰囲気)、「山口製麺所」、全日食チェーンのスーパー「キムラフーズ」などの店が並んでいることが判明した

 

 

「キムラフーズ」などはけっこう繁盛しているような雰囲気で、来客の姿や自転車が撮影されているのに、現在は保育園になってしまっている

 

街灯にはもれなく「馬場商店街」という看板が下がっていたが取り外され、上記の店はほぼ廃業してしまっており、もはや商店街と呼べるような状況ではなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

商売上は有利な場所の角地にあったクリーニング店も軒先のクレハロンテントには、いまだに「クリーニング」の文字こそ記されているが、てんこ盛りのプランターにより店先が閉ざされている


こちらもいつ頃まで営業していたのか気になるので、過去のビューを見てみると……

 

 

 

 

 

 

 

 

どうやら2016年頃までは、入り口の扉にアプローチできるので、その頃まではやっていたようだ

 

しかし、その頃にはすでに商店街の荒廃化は進行していて古い建物は、かなり消失してしまっていた

 

 

2010年のビューの段階で、商店街としてはかなり斜陽になってしまったような空気が流れており、すでに廃業している店舗のほうが目につくような感じだったので、残っている建物の雰囲気から見て、おそらくピークは昭和中期頃であろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その先には、かろうじて営業している化粧品店があった

 

向かい側の店舗にも明かりが灯っていたが、軒先のクレハロンテントの文字は消され代わりに窓ガラスに「れいんぼーすまいる」という、福祉法人っぽい屋号を記したポスターが貼られていた

 

 

 

上の写真を見ると、なんとなく商店街の雰囲気は多少残っているが、実態は化粧品店以外は、ほとんどが店の脱け殻という、うそ寒い状態になってしまっている

 

これでは街灯の「馬場商店街」の看板を外してしまったのも宜なるかなで、つまりこれは商店街の形骸を撮影した写真なのである

 

 

ということで次回は、この終わっているものと考えられる「馬場商店街」を、もう少し追及してみたい

 

 

 

 

続く

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🏠🚚🏠🏠