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🥟 続々・最近食べたものと着た服とか行った場所
「えっ、まだ本編の散策記事に戻らないの?」お説ごもっともである
だが、今回は鎌倉の散策が思っていたより長引いたので、その合間に撮影した「その他」の写真がたくさんあり、そのままボツにするのは悔しいので、出来るだけ記事にしようという魂胆である
もっとも、せっかく4キロ落とした体重が、1.5キロほどリバウンドしてしまい、古着禁止令に続いて「ラーメン自粛令」が絶賛発動中(もちろんスイーツも禁止だ)なので、今後は外食は激減してゆく方向性になるため、むしろこのシリーズはほとんど更新されない可能性が高い
という裏事情はともかく賢明なるこのブログの読者諸賢におかれては、タイトル写真を見ただけで、もうお分かりと思うし、おそらく心のなかで「おいおい、また高円寺かよ」
と、イラッとしているかもしれない
いつもと違うのは、この日は雨。高円寺に到着しても弱い雨が降り続きランドマークの「フヂヤ薬局」の雨風景という写真が撮りたいばかりに、駅から徒歩15分はかかろう
という、「フヂヤ薬局」までノコノコ出向いた。といっても、最近は高円寺の古着屋開店プチラッシュもあり、こんな離れた場所にすら何軒もの古着屋が出来ているが
まさか今回も「麺屋 かむい」の長岡ラーメンじゃないよな。と、マンネリ化が心配されるが、そこは安心してほしい
この日は、かなり大好物なのに、もう2カ月ほど食べていなかった……
京都白川「天下一品」のドロドロのラーメンが食べたくなり、直営店の高円寺店を久しぶりに訪れた
政治献金やパーティーで私腹を肥やしているくせに、国民には増税を押し付けるクソな政権のおかげで、天一のラーメンはもはや千円に届こうかという値上がりにウンザリする
しかし、やはり直営店の味はどこかフランチャイズとは異なり、一段上のような気がする。今は店でスープを作らず滋賀県のセントラルキッチンに変わったはずなのに不思議なことだ
話変わって高円寺といえば、古着屋が集まる南口とは反対側、さらに純情商店街でもなく庚申通りでもない地味な場所に「ぎょうざの満州」があることに、初めて気がついた
週イチで高円寺に行ってるくせに情けない。という意見もあろうが、高円寺にはあくまでも古着を見に行っていたので、北口の、しかも商店街から少し外れた場所というのは、完全に盲点になっていたのだ
「ぎょうざの満州」高円寺の発見を記念して、ダブル餃子定食ではなく、ライス抜きの単なるダブル餃子を注文した。炭水化物は出来るだけ摂らないようにしなければ
うんうん。やっぱり満州の餃子は最高。○将なんて目じゃないな
以前は週イチどころか週に2回以上訪れていた下北沢も、古着禁止令の発動により週2どころか週イチか10日に1度(しかも高円寺と両方回る)ぐらいの頻度にガタ落ちした
下北沢を訪れると相変わらずカレー屋はたくさんあるのに、スパイスカレーやスープカレーばかり(それはそれで嫌いではないが)で、洋食系のカレーにはとことん弱くて困る
などと常々思っていたら最後の砦といってよい「もうやんカレー」が潰れてしまった
たしかに超絶にわかりにくい場所にあるというネガティブ要素はあったが、やはり一般人の「下北沢はスパイスカレーだよね」という、ステレオタイプの思い込みが要因であろう
そして、相変わらずインド系のカレー屋もほとんどなく、ナンとカレーが食べたくなったときは、下北沢に2店舗出店している
決して不味くはないが特別美味しいわけでもない「ナンハウス」の一択というのが情けない。誰か下北沢に本格的かつリーズナブルなインド系のカレー屋をオープンしてくれないかしらん
「新台北」の並びの地下にあったインド人の経営するカレー屋はよかったよなあ。潰れちゃったけど近所なら通うのに……
カレーの町を標榜しているくせに洋食系、インド系不毛地帯の下北沢において洋食系が食べたくると訪れているが……
こちらの「名前のないカレー屋」である。名前のないというのは、相変わらずほとんど発見不可能な小さな看板に、カレーとしか記されておらず屋号が見当たらないから、そう呼ぶしかないからだ
古着屋「WE GO」のさらに先、もう繁華街は終わり住宅街に入ったところに、そのカレー屋はある
この日は開店と同時に入ったので当然一番乗り。いつものポークカレーを注文した
カレーに「もやし」というのが意表を突くが、もっと意表を突くのが薬味の紅ショウガのピクルスであろう。もしかしたらこのピクルスを体験したいがために、この店に通うのかもしれない
もちろんカレーは美味しいのだが、これが福神漬けやラッキョウではこの醍醐味を味わうことは出来ないだろう
ということで後半はいつものスタイル
トム・クルーズ主演の映画「トップガン」の影響なのか、ここ最近、フライトジャケットが大流行しており、電車に乗ると車両にひとりぐらいはフライトジャケットを着ているひとを見かける
さらに、女性のあいだでも流行しはじめており、有名ブランドもこぞってフライトジャケットタイプのブルゾンを発売している
が、本物を着ているひとは、高円寺などの古着屋のある町以外では、ほとんど見かけることはない。まあ、流行で買うには最近の古着の価格高騰の著しさから、二の足を踏むことは間違いないだろう
とくに価格が高騰しているのが、1940~1960年代のアメリカ軍のもので、十年前には4、5万円もあればお釣がきたB-15シリーズなどは、すでに二桁万円台に突入している
そのB-15シリーズで、試作品(テストサンプル)などを除いて、もっとも希少価値が高いのが、こちらのB-15Cの陸軍ヘリコプター部隊仕様である
かなりお気に入りだが、貴重なアイテムなので気軽に着られないのが難点だ
これは、そのB-15シリーズでもさらにレア。極めて珍しい試作品である
通常、アメリカ空軍の試作品はエアロ・メディカル・ラボラトリーという機関がテストサンプルを造り、それを試験的に着用して不備を探してから採用するのだが、これはその後、実戦装備されてからのものだ
つまり、研究所ではなく工場側が作った試作品というところが珍しい
このB-15Bというのは、史上初めてナイロン生地が使用されたフライトジャケットだが、こちらの個体はコットン生地で、しかも実戦装備品とはまるでかけ離れた仕様になっている
とくに珍しいのがウェストにL2-Bのようなフラップが付いていることで、フラップが付いているB15系モデルは、資料写真ですら一度も見たことがなく、おそらく残っているのは、この個体だけなのではないだろうか
ところで、フライトジャケットは「やんちゃ」なアイテムなので、どうしてもアメカジ全開のスタイルになるしかなく、大人のファッションとしては落ち着きに欠ける嫌いがある
そこで、なんとか大人のスタイルにならないかと、1930年代のストライプのウールパンツと合わせてみた
インナーには1950年代のブラウンズビーチのビーチベスト、足元は二都市Church'sのグラフトンを履いた。襟にボアがあるので若干、現場監督っぽくなってしまうのは、いたしかたあるまい
ところで、フライトジャケットに現役当時のワッペン類が残っている個体は貴重なので高額で取引されている。場合によっては値段が一桁違ったりする
こちらは1978年のCWU-45/PのAタイプと呼ばれている初期モデルである
ついているパッチは対潜哨戒機のP-3オライオンの部隊、パトロン50の隊員が着ていたもので、袖のパッチには機体が描かれ胸の青いドラゴンのマークがかわいい
このワッペン付きの個体は、こうして置いて撮影すると見栄えがしてカッコいいけれど、いざ着用してみると……
なんとなく「相棒」の亀山薫っぽくなってしまうのはやむを得まい
なので、こちらのコーディネートでは亀山薫ちっくに見えないように、1950年代のワシントンD.C.のデニム・ペインターパンツと合わせて、古着全開スタイルにしてみた
子供っぽく見えないように足元はスニーカーを避けて(もっとも僕はスニーカーは履かないが)ハインリッヒディンケラッカーのbudaを合わせた
ということで、日常系の記事が続いたが次回から新シリーズをはじめる
散策した場所は年末の谷根千の記事でブロ友🍊さんからリクエストのあった、東京都北区、古河庭園の近くにある「しもふり銀座」商店街である
†PIAS†
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