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👔 続々・最近食べたものと着た服とか行った場所 

 

 

 

 

 

先日、久しぶりに千葉県の柏の古着屋巡りをした

 

かつてのヴィンテージブームの頃は、現在も古着屋が集まる渋谷、原宿、高円寺、下北沢だけではなく、首都圏近郊の都市にも古着屋が集まる町がいくつもあった

 

 

東京だと八王子、立川。埼玉県では現在も古着タウンの熊谷。その他にも川越、所沢、越谷など。そして千葉県でもっとも古着屋が多かったのが柏で、最盛期には30軒近くあったのではないだろうか

 

その後ヴィンテージブームは衰退したが、2006~2007年頃、雑誌「free&easy」のおかげで第二次古着ブームが興り、その頃、中目黒にあったユーロ古着店の店長O氏と「ドサ回り」と称してよくそういった都市を巡っていた

 

 

ところが第二次古着ブームも沈静化すると柏の古着屋は急速に勢いを失い、セレクトショップになってしまったフリークスストアは閉店、千葉県のレジェンド古着屋トリサワタカアキもなくなってしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

ここ最近、新しい店のオープンこそないが、空前の古着ブームにトリサワタカアキの跡地にリサイクル古着屋ができたり、国道4号線沿いの不便な場所にあったセカストが駅前店をオープンしたりと、再び盛り上がりを見せそうな雰囲気に変わった

 

なので様子を見るために、柏を訪れたわけである

 

 

--が、勢いこんで出向いたのはよいが、やはり何も収穫はなく(訪れたのは古着禁止令以前だ)、そういえば「柏銀座商店街」という、えらく地味な商店街に、たしか出桁造りの建物が残ってたよな

 

と、唐突に思い出し、その地味な商店街に向かった。地味なとはいえ、柏神社の近くには、かの「ホワイト餃子」もある趣のある商店街だ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところが僕の記憶違いだったのか、並んでいるのは戦後型の看板建築ばかりで。もしかしたら取り壊されてしまったのか、あるいは最初からなかったのか、そんな建物はどこにもなかった

 

おまけにけっこう気に入っていたもじゃハウスの精肉店が跡形もなく取り壊されていて、なんとも無意味な散策になってしまった

 

 

できれば柏の商店街で記事ひとつでっち上げてやろう。という僕の目論見は見事に粉砕され手抜き息抜き記事の小ネタの一部と化してしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

気落ちして駅に戻る途中で見つけた魅力的な怪しい雑居ビルの入り口をパチリ

 

こんなショボい入り口なのに、郵便受けと看板を見ると4軒は飲み屋が入居しているように思える。この怪しさはよほど心臓が強いひとでなければ初見で、ここにフラッと入ることは不可能だろう

 

 

ところで、柏といえば僕のなかで現在カレー屋ランキング暫定日本一の「ボンベイ」が定番だが、この日はカレーな気分ではなく「家系ラーメン」の気分であった

 

柏で家系ラーメンといえば「王道家」の名前が轟いているが、国道沿いに移転してから以前より行列らしいし、だいいち駅の反対側まで行くのが面倒である

 

 

勢いこんで行ったら大行列なんてのは願い下げだし、それなら常磐線快速に乗れば松戸の次の北千住にゆくほうが時間的に早いので……

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、足立区方面に行ったら必ず食べる安定の「武蔵家」北千住店でお茶を濁した

 

お茶を濁したといっても「武蔵家」北千住店は、僕のなかで家系ラーメンランキングの上位に入る店なので、古着は空振りだったが満足して帰途についた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「武蔵家」北千住店を食べたら、現在家系ラーメンランキング暫定1位の「武道家」のラーメンが食べたくなり、中3日で吉祥寺の「武道家」に向かった

 

うーん、やっぱりこのえげつない濃厚さ加減。「武道家」は僕のなかで必要不可欠な食べ物だと再確認……と、こんな食事ばかりしていたら、そりゃあリバウンドするわな

 

 

ということで、後半はいつもの最近のスタイルを

 

 

 

 

 

 

 

 

イギリス流の4つポケットのライダースジャケットといえば、真っ先にバブアー・インターナショナルが思い浮かぶが、ヒネクレ者の僕はベルスタッフが気分である(バブアーも持っているけど)

 

この手のライダースジャケットは、オイルドコットンが主流であるが、僕はあの匂いが苦手なのでクリーンなナイロン製、しかも定番の暗い色ではなく赤がお気に入りだ

 

 

ナイロンは経年変化が少なく古着マニアには嫌われるが、こちらはおそらくイギリス人の前オーナーが、ガチなライダーだったためオイルや排気ガスで黒ずんでいて、赤なのにダークな雰囲気が素晴らしい

 

 

 

 

 

 

 

 

こちらは極めてレアな1940年代のアメリカ空軍の特殊部隊パラレスキュージャンパーが着ていたジャケットである

 

パラレスキュージャンパーは、戦地に取り残された負傷者を救出するのが任務のため通常の特殊部隊の戦闘訓練のあと、戦地で緊急手術が出来るレベルの医療技術も取得せねばならないエリート中のエリート部隊だ

 

 

パラシュート降下のためのジャケットなので、肩や肘、背中に分厚いクッション材料が入っているため、ライダースジャケットなようなかたちをしている

 

襟は首回りを保護するため、立てると顔面以外をカバーできる大きさで、その特殊な襟がチャームポイントになっている

 

 

僕は以前、比較的リーズナブルな金額で購入したが先日、恵比寿の古着屋に入荷して、以前からこれを欲しがっていた知り合いが値段を問い合わせると、驚いたことに「50万円」だったそうだ

 

うーん、古着がアホみたいに高騰する前に買っておいてよかったぜ

 

 

 

 

 

 

 

 

ここしばらくヴィンテージ古着バリバリの女子受け最悪なスタイルしか載せていなかった。というか、そんな格好ばかりで飽きたのでテーラードジャケットのキレイめスタイルを

 

 

これはイタリアのルチアーノ・バルベラ(LUCIANO BARBERA)のツイードジャケットをメインにしたスタイル

「ルチアーノ・バルベラ」は生地商カルロバルベラの二代目、イタリアきってのダンディーであるルチアーノ・バルベラ氏がディレクトしていたブランドである

 

2000年代頭のクラシコブームのときもドロップ8に絞ったウェストや、肩に乗りそうなハイゴージなどは無縁。あくまでもブリティッシュ・トラッドにこだわった氏のセンスには強い共感と尊敬の念を覚える

 

 

 

 

 

 

 


当時ピタピタのフィッティングだったイタリア製アンコンジャケットなど今見ると痛々しいが、氏の服には流行がないので、当たり前のように今でも着られる。おそらく爺いになっても普通に着られるだろう

当時は意気投合した故・白井俊夫氏のいる横浜元町の信濃屋で展開していたが、後に三陽商会のライセンス、現在は息子が継承して日本では青山のオイスターが販売している

こちらは、もちろん信濃屋時代のもので、当時のラルフローレン・パープルレーベルと同じセント・アンドリューズ製のフルハンドメイド。18世紀のドブクロス織り機を使って低速で紡がれた生地は、1年間寝かせてから仕立てられるそうだ

冬物として購入したので、下にローゲージのセーターが着られるようにユルいサイズを選びノルディックセーターやアランセーターと合わせて着用している

 

 

 

 

 

 

 

この日はローゲージのハイネックにカーハートのキルティングパンツ、1940年代に製造されたロンドンの靴屋FH&Wのフルブローグと合わせて英米伊混合のミクスチャーなトラッドスタイルにまとめた(ただ寒かったという話もある)

バッグはフライフィッシングのときに使っていた1960年代のブレィディ、カシミアストールはブランド不明、胸のポケットに入れた手袋は、もはや第二の皮膚デンツのペッカリーである

 

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

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