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こちらは渋谷の外れ、青山学院大学に向かう坂道にある銅板葺き看板建築であるが、本編の内容とは何ら関係がなく単なるデザインである
ということで今回は……
やはり何を置いても靴磨き
今回の記事は投稿ネタなので、渋谷の町を撮影したタイトルバック写真から銅板葺き看板建築までが、いわゆる風景写真で、あとは建物も食べ物も出て来ず「靴」ばかりの記事になるため興味のない方には積極的なバックを推奨する
いや、冗談じゃなくて本当に靴のことしか書かないから興味ないひとは退屈すると思うよマジで。たぶんアクセス数も普段より300ぐらい下がると思うし
えっ? 本当に読むの? じゃあ、遠慮なく靴に関する「変態トーク」を開始しよう
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エドワード・グリーンのドーバー・ユタカーフの手入れの様子
僕の趣味は古着の収集と古靴の収集である。といっても収集した古着や靴は、実際に着たり履いたりするのでいわゆるコレクターではない
服のほうは手入れといっても、せいぜいスーツの埃を払ってブラッシングしたり、革ジャンならデリケートクリームを塗る程度のことしかシロウトにはできないが、靴は「磨く」という重要な手入れがある
今、靴磨きはちょっとしたブームで、プロのシューシャイナーによる靴磨き選手権なども行われているほどだ。しかし、僕は自分のことはできるだけ自分でする。というポリシーがあるので、靴磨きはプロに任せず当然、自分でしている
さて、そんな靴であるが、僕のもっとも愛する靴はイギリスのヴィンテージシューズ、なかでもビスポークという既製品ではない注文靴だ
どんなに高級な靴も既製品の場合、生産ロットというものがあるため一定のクオリティを保つため革の品質は最高というわけにはいかない
ところがビスポークは、注文された靴が1足できればよいので、既製品では到底あり得ない高品質の革を使うことができるし、最高の腕を持つ職人が手間隙をかけて製作することができる
つまり、ジョンロブやエドワード・グリーンは最高の靴だとはいっても、それはある程度妥協して製造された量産品なのである
また、革の品質は牛の飼育に近代的な手法が導入されるようになった1930年代以降は落ちる一方で、戦後に製造された革は戦前のものとは比較にならないほど品質が落ちている
ところが、ビスポークシューメーカーは、最高品質の革を確保していたため少なくとも1960年代ぐらいまでは戦前のものには及ばなくても、既製靴とはレベルが違う高品質の革を使用していた
では、そんな英国注文靴のなかでもお気に入りのいくつかを紹介しよう。まずはコークストリート27番地時代のジョージ・クレバリー
イギリスで最高の注文靴は?
大変難しい問いである。個人的な趣味は置いといて、純粋に美しさと完成度に条件を限定し話を戦後に限ると……
コークストリート27番地時代のジョージ・クレバリー、もしくはアンソニー・クレバリー(あるいはアンソニーの手掛けたニコラス・トゥシェク)と答えるしかない
どちらも最高の職人であるが、アンソニーが天才だとするとジョージは秀才といったところだろうか
アンソニーの造ったトゥシェクの靴も所有しているが、時代を超越したそのセンスは、やはり天才の為せる技というしかない
一方、ジョージのほうだが、やはりトゥシェクから独立した直後の(写真上)インソックの表記にビスポークシューメーカーと入る前の住所だけの時代のものに、圧倒的なオーラがある
ちなみに、オークションなどでよく見かける楕円形のロゴの時代は、重要な顧客のもの以外、もう本人は造っていない
ところで、イギリスの注文靴屋でもっとも規模が大きかったのがピール&コーである
ピールは1965年に商標をブルックスブラザーズに売却してしまうが、それまでは百人もの職人を擁したイギリス最大の注文靴屋であった
こちらは1958年に受注して、翌1959年に顧客の元に納品されたクォーターブローグである
何故そのようなことがわかるのかというと、シューツリーの住所表記は1958年までピールがあったオックスフォードストリートなのに、靴本体にはウィグモアストリートの住所表記があるからだ
これは下手くそなリペアが為されているため、みっともない出し縫いになっているが、そんな仕打ちを受けてもなお異次元のオーラを放っている
60年以上の時が流れても経年劣化ではなくむしろ味わいが増した革は、まるで長年使用されたアンティーク家具のような風格を漂わせており、靴というより工芸品のような圧倒的な存在感を放つ
こちらは1960年代初頭、ウィグモアストリート時代の同じくピールのビスポークのフルブローグ・ダービーである
状態はミントコンディションで、これ以上のピールにはお目にかかったことがない
ピールのカントリー系の靴には革で造られた立体的なインソールが入っている。この靴を注文した紳士と僕の足のサイズには微妙な誤差があったので、革でインソールを造り直して所有する靴のなかで、いちばん僕の足にピッタリな靴になった
ピールは注文靴屋で唯一、自社タンナーを持っていたので1959年以降においても戦前の革に劣らない素晴らしい革質を保っている
キメ細かくしなやかな革質のカーフレザーは、ワックスがけなどしなくても烏の濡れ羽色のような色気を漂わせており、こんな素晴らしい革は現在は望むべくもない
すべてにおいて完璧な美しさ。フォスター&サンに買収される以前、1960年代のヘンリーマックスウェルである
ピールの革質も素晴らしいが、こちらも勝るとも劣らないキメ細かいベビーカーフだ。ここまで繊細な革だと日常的な使用には少し問題があるかもしれない
革のキメ細かさはもはや異次元で、磨かなくても風景が映りこむほど粒が細かい。おまけに手袋のような柔らかさ。この靴が製造された1960年代に、こんな品質の革が存在していたとはとても思えない
おそらくマックスウェルは1930年代頃のデッドストックの革を持っていたのではないかと考えている
造りも完璧で、出し縫いなどは通常のドレスシューズが1回縫うスペースに、3針はステッチが入っており、往年の職人の圧倒的な技術力がわかる
こちらはジョンロブ・ロンドンのビスポークによるフルブローグである
エルメスが買収したロブ・パリもビスポークは素晴らしいが、最近の既成靴は、首を傾げるようなひどいものが多く、あれをキングオブ・シューズとか持ち上げているやつは本物の靴を見たことがないのだろう
こちらの本家ロブ・ロンドンは、まるでトリッカーズのようなイカツイ革なのに、にじみ出るような艶があり、さすがの風格である
こちらはロンドンのクラリッジホテルの前にあったミリタリー&シビルテーラー、コンウェイ・ウィリアムズのストレートチップである
コンウェイは、ギーブスなどと同様に、将校のための正装などを製造していたビスポークテーラーで、おそらくこの靴は英国空挺部隊の将校が、サービスシューズの意匠に似せてビスポークしたものと思われる
意匠はサービスシューズと同じだが最高の革質、ハーフミッドソールにピッチトヒール、コバは矢筈仕上げと、ビスポークのクオリティで仕上げられるとまるで別物の迫力がある
注文主は、かなり洒落た人物だったようで一見するとラウンドに見える爪先は、微妙なチゼルトゥになっている
こちらは1960年代のトリッカーズのビスポークである
トリッカーズは現在も本店で年一回ビスポークの注文を受付ているが、こちらは貴重なヴィンテージのビスポークだ
カントリーシューズの印象が強いトリッカーズだが、この靴はガラスレザーにラバーソールというカントリーシューズっぽい仕様を、コバの張り出しを抑えることにより、ドレスシューズ的な仕上げにしているのが興味深い
この時代のガラスレザーは、皮膜が薄くエイジングが楽しめるのもよい
最後にイギリスではなく大量生産のイメージが強いアメリカのビスポークシューズを1足紹介する
こちらはルーズベルト大統領の靴も造っていた19世紀から続くニューヨーク・アッパーイーストサイドにある注文靴屋オリバー・ムーアのビスポークシューズである
一見、どうってことのない内羽根のプレーントゥだが、よく見ると爪先はチゼルとも違う独特な嘴のような形状をしている。革質も最高で、おそらく1990年代の製造なのに、古いイギリス靴と比べても艶以外はあまり遜色がない
特筆すべきは底付けの技術で、出し縫いのステッチは、どうやって縫ったのかわからないほど奥にありコバの張り出しがほとんどない
さらにその出し縫いのピッチは人間技とは思えない細かさで、今まで見た靴で匹敵するのは、アンソニー・クレバリーと小笠原シューズの先代ぐらいしかいない
ピッチの正確さ、細かさではその両者を上回っており、これを再現できる職人は、もはや地球上にひとりも存在しないだろう
これを造ったアメリカ大陸最高の職人と言われていたハンガリー出身のニーマス氏の卓越した腕前には唸るしかない。ちなみに靴底にはニーマス氏の仕事の証であるオーナメントがナイフで刻まれているので、ここ一番のときしか履くことができないのが困りものだ
と、つらつらと集めた靴の一部を紹介したが、このような靴を磨いているときが「私の幸せな時間」である
†PIAS†
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