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🐙 ⑫極細の路地を抜けて未知なる領域へ 

 

 

 

 

 

南千住仲通り商店街を抜けて国道4号線をわたり、寺院の隙間を抜けると三ノ輪橋のメイン商店街である「ジョイフル三ノ輪」の近くに出た

 

そこからアーケードの商店街ジョイフル三ノ輪と平行している細い路地に入ると、そこはかつては商店街の体を為していたようで、ごく最近、廃業してしまった鮮魚店や、とっくの昔に廃業してしまっている出桁造り商家などがあった

 

 

路地を抜けたところは、ジョイフル三ノ輪から続く商店街であったが、廃業しているような雰囲気の店舗が目立っていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現役で営業中の惣菜店と、すでに廃業している青いクレハロンテントの商家のあたりで、商店街は終わっているような印象を受ける

 

今は寂れた一角にすぎないが、過去のストリートビューを見ると、この青い軒先テントの店は鮮魚が売りの居酒屋で、向かいの惣菜店の横には豆腐屋とリサイクルショップ、さらに向かいの角には眼鏡店と電気屋がある賑やかな場所だったようだ

 

 

前回この界隈を散策したときは、下の写真に写っている青い軒先テントの店の角を右に曲がり、やや広い通りをすすんだが、この写真に写っている店舗から先は住宅街になってしまった

 

 

この場所からジョイフル三ノ輪商店街を振り返って見ると

 

 

 

 

 

 

 

 

このような距離感でジョイフル三ノ輪が見える。前回の散策では、僕が撮影している位置から見て左側に曲がったわけだ

 

 

というのも写真を見ていただけばわかるように、僕が撮影している細い路地は、軽自動車すら通り抜けるのは無理な道幅しかない

 

しかも見える範囲内には商家はなく、どう考えても商店街の続きがあるようには思えなかったからだ

 

 

 

 

 

 

 

 

狭い路地の入り口には、廃屋化しているモルタル外壁のかつては小料理屋だったような建物があった

 

店舗があったとおぼしき場所は、板戸が閉められており、さらに破風付き玄関には、事件現場を封鎖するようなビニールテープが貼られていた痕跡が見受けられる

 

 

余談だが事件といえば南千住から三ノ輪に出るときに、寺院の隙間を通ってやってきたが、その隙間の左側の寺院は日本を震撼させた昭和の誘拐事件「吉展ちゃん事件」で犯人が遺体を遺棄した現場であった

 

そのことは、散策をしたあとブロ友さんがその事件を元ネタにした小説の記事を書いていたので、そういえばどういう事件だったっけ?

 

 

と、なんとなく調べていてわかったことで、散策しているときは、そんな歴史的事件の現場だったなどとは知るよしもなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

という話はともかく、小料理屋っぽい廃屋の奥には住居部分の入り口があったが、玄関のガラス戸は割られ洗濯機が横倒しにされ、荒廃した雰囲気が漂っていた

 

この廃屋の先に視線を送ると……

 

 

 

 

 

 

 

 

路地はカクカクと曲がっており、その先がどうなっているのかわからない

 

この風景を見て前回の散策では「この先には店などあるまい」と判断して右に曲がってしまったわけだ。ところが

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カクカクの場所を抜けると驚いたことに、路地の左手には戦前物件と思われる看板建築が!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

看板建築の隣の青いブリキ波板物件を見ると現在は黄色い板によって、入り口や窓が塞がれてしまっているが、2009年のビューを見ると玄関の前には路地裏プランターが置かれ生活感があった

 

ブログ記事のために、こうして過去のビューを見ていると興味深いと思う反面、まるで他人の人生を覗き見してしまったような、どこか切ない気持ちになってしまうことがある

 

 

 

 

 

 

 

 

看板建築のある狭い路地を出ると千住間道という大通りに出た

 

その角には「千だこ」というたこ焼き屋があり、なんと薄焼きの「エビせん」に、たこ焼きを1個挟んだ、いかにも大阪らしい駄菓子の「たこせん(100円)」があり、あとで食べよう……

 

と、心に誓ったのに、このあと怒涛の展開になってしまい、すっかり忘れてしまったのが心残りなので、たこせんに関しては後日リベンジを果たすつもりである

 

 

 

 

 

 

 

 

抜けて来た隙間を千住間道の反対側から撮影するとこんな感じ

 

左手のマンション建設現場は、どうせ古い町並みを破壊した跡地だろうと思って、こちらも古いストリートビューを参照してみると2009年の段階で、すでにファミレスにされてしまっていた

 

 

 

 

 

 

 

 

おそらく新道と思われる千住間道の北側に、三軒長屋の看板建築があった

 

 

建物を観察すると2階中央部にスクエアな窓がひとつ、という典型的な戦前の東京の看板建築の造りであるが、いちばん右側の白いモルタル部分は、明らかに戦後のスタイルである

 

こういった建物は三軒長屋のそれぞれの持ち主が違うことが多いので、なかには真ん中だけ新しく建て直した物件すら見かける

 

 

長屋の持ち主がそれぞれ違うなどというと、奇異に感じるひとがいるかもしれないが、要するに言ってみれば現在のメゾネット形式のマンションと、何ら変わることはない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほど出て来た細い路地は千住間道をわたった先も続いており、広い道路をわたったところから、普通の道幅になっていた

 

わたった先は昔は商店街だったような雰囲気で、現在も営業中の「しまこう」という惣菜店があった

 

 

千住間道をわたる前から「しまこう」は目立っていたので、無意識に観察していたが、駅から遥か離れたこんな僻地にありながら、客足がまったく途切れない

 

大袈裟な表現ではなく、次から次へと客が訪れるのだ。そのことから名店なのではないかと思われた

 

 

そして、このあと僕は「しまこう」のある通りに向かうのだが、そこで失われたあるモノを発見することになる

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

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