🌃🌃🍝🌃🌃🌃🌃🌃🌃🌃🌃

 

 

 

 

 

 

🍝 ①東中野・消えゆく昭和な風景    

 

 

 

 

 

 

かつて東京には、戦後の闇市の面影を残す場所がいくつも存在していた。猥雑で清潔とは言えないけれど、人びとを惹き付ける怪しい魅力のある町……

 

新宿南口にあった円形の飲み屋街は、写真家のアラーキーを筆頭に写真により詳細に記録されている。渋谷の東急109の裏手と百軒店のあいだ、台湾料理屋の麗郷の向かい側には行き止まりの路地があり、そこにはバラックのインポートショップが2軒並んでいた

 

 

荻窪駅の南口を降りてすぐ右側にもバラックの並んだ飲食店街が残っていたが、すべて撤去されてしまった。東池袋などは道路拡幅と再開発、東京都の過密木造建築一掃の方針によって、ツマラナイ町並みに変わると同時に活気も失われてしまった

 

立石の呑んべ横丁は無意味な再開発により消滅し、お馴染みの下北沢に残った駅前マーケットは、更地にされて広い道路が通ることになっている

 

 

このようなデベロッパーと称するハゲタカどもに連なる眷族の他は誰も得しない、くそクダラナイ再開発が罷り通るこの国は、まさに文化後進国と言えるだろう

 

 

町というのは、誰かが意図して作るものではなく、さまざまな要素が重なって自然とそこに形成されるものである

 

そうでない作為的な町などに永続性がないことは、平成たぬき合戦ポンポコの舞台の、貴重な自然を徹底的に破壊した挙げ句、高齢者の町と化して大失敗に終わった多摩ニュータウンがよい例であろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて東中野である。この駅には山手通りに面した西口と大久保寄りの東口のふたつの出口がある

 

山手通りの出口は、すっかり再開発されて近代的な姿にかわり、かつて写真家の東松照明が撮影したバラックが並ぶ風景は、もうどこにも存在していない

 

 

ところがまるで急行が止まらない郊外にある地味な駅のような雰囲気を残した、大久保寄りの東口を降りると、いきなり目に入ってくるのが、こちらの「MOON ROAD」ムーンロード駅前飲食店街である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

吉祥寺の北口商店街が「サンロード」と称して明るいイメージなのに対して、最初から「ムーンロード」と、開き直って夜の町ということを前面に打ち出しているのが、むしろ潔い

 

ちなみにサンロードの名称は、各地でパクられており川越のクレアモールも昔はサンロードだったし、坂戸には今でもサンロード商店街があるはずだ

 

 

ムーンロードの出口の脇には、昭和レトロ喫茶店マニアにはよく知られた名店「ルーブル」があり、いつか入ってみたいと思っているが、残念ながらこの日は定休日のようだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがこちらの魅力的なムーンロードも、ついに再開発が迫っているようで、ほとんどの部分が更地にされていた

 

じつは今回の取材は、総武線の車窓から見て、以前に取材したときより建物の解体が進行していることを知り、その次に通ったときに、これは記録にとどめておかねばねるまい……と、決意して行った

 

 

それにしても黒い軒先テントの「big river」という店は、この構えで完全予約制というのが不思議な店だ

 

 

 

 

 

 

 

線路に面した部分は、ずいぶん以前から更地にされて駐車場になっていたが、前回訪れたときは建物が残っていた後ろ側は、ことごとく解体されて更地になり真っ白な塀が立てられていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シャンソンはお好き……と記された「マ・ヤン」という店はシャンソンスナックか何かだろうか?

 

調べてみるといくつかの書き込みがあり、どうやら美人ママが経営する日替わりでピアニストが入り、生ピアノで歌えるという渋いバーのようで、映画のロケにも使われたことがあるそうだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

残っている部分には、まだ濃厚な生活感というか現役感が漂っており、猥雑ではあるが荒廃とはまだ無縁のように思える

 

こういう光景を見ると札束を撒き散らし、それまでの生活を破壊することに勤しむヤカラに対する無言の抵抗を感じずにはいられない

 

 

 

 

 

 

 

 

とてもビルには見えない老朽化した建物の入り口のドアには「上原○ル」という文字が確認できるので、モルタル外壁の偽ビルではなくRC構造なのだろう

 

 

ということで、次回もこのムーンロードの続きを

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

🌃🌃🌃🌃🌃🌃🌃🌃🍝🌃🌃