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⛪ ⑦石川組製糸迎賓館と謎の洋館  

 

 

 

 

 

せっかく北千住のドトールで記事を半分ほど書いたのに、なぜか消滅しているぞファッキンシット!! あー、やる気なくなるぜまったくようガッデム!

 

 

ところで、僕は夜中にコメ返を書いているのだが、そのときブログの編集画面を見ると、真ん中あたりに現在のアクセス数が出ている

 

コメ返するのはたいてい夜中の1、2時なので集計を締め切った直後だから、いつもならせいぜい50~80程度の数字が出ている。ところがゆうべの深夜2時ごろ画面を開くと、320という数字が!

 

 

ええっ、まだ集計しはじめて2時間で320! 軽く時速100越えてるよ。こんなことはもちろん初めてで、ちょっとビックリ。これで今日のアクセスが500ぐらいだったら大笑いだな

 

 

 

という前おきはともかく……

 

七夕通りは、国道16号線をわたった先から店がなくなり、単なる田舎道のようにかわったが、しばらくすすむと、再び商店街のような雰囲気になってきた

 

このあたりは、狭山市駅からも入間市駅からも数キロ離れている陸の孤島のような場所なので、商店街が興るとすれば、中武鉄道馬車の停車場があった、もしくは、それ以前からの集落があったとしか考えられない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

並んでいる店舗は、どれも古い建物ばかりで、そのほとんどは廃業して、商売をやめてしまっているような虚無感が漂う

 

「岡野米穀店」の並びには、ブラックニッカの広告が昭和の風情を感じさせる「木村酒店」をはじめとして、何軒もの店が並んでいたが、現役で商売を続けている店は、ほとんどなさそうだ

 

 

どの建物も煤けたアースカラーに変色して、ゆるやかに朽ち果てる運命を受け入れているかのように、静かにたたずんでいた

 

この通りと平行して、幹線道路である国道16号線が通っているので、買い物客は、国道に点在する大型商業施設に奪われてしまい、商店街はフェードアウトするように、消滅に向かっているのだろう

 

 

まるで、ここだけ時間の流れが止まってしまったような、車もひとも通らない、空虚な気配が漂うかつての商店街の形骸を、ぼんやりと眺めていると……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出桁造りの商家のなれの果てを見つけた

 

かつては店舗があったとおぼしき1階部分は、完全に住居仕様に改装されてしまっており、よほど観察力がないと、この建物が昭和初期に造られた店だった。などとは、思いもしないだろう

 

その並びには戦後型の看板建築が、さらにその隣には、戦前に建てられたのではないかと思われる平屋の看板建築が確認できる

 

 

ということは、やはりこの商店街の形骸は、中武鉄道馬車の鵜ノ木停車場があったころからのものなのではないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

しばらくゆくと、この通りでは珍しく現役のラーメン屋のところで、道がふた手に分かれていた

 

パッと見、左にゆくのが正解のように見えるが、おそらく中武鉄道馬車は、右側に行っていたのではないかと思われる

 

 

というのも……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この二又を右にゆくと、このような見事な造りの古民家が残っているからだ

 

 

大正時代に造られた巨大な土蔵を備えたこちらの店は、「石川洋行」という元貿易商で、現在は自動車修理工場のようだ

 

4年前にとおったときは、まだ現役で使用されている雰囲気であったが、久しぶりに訪れてみると、土蔵や店舗の空いている場所は、隙間なく車に占拠されていた

 

それは、駐車している、などという生易しいものではなく、文字通り隙間なく詰めこまれた感じで、国道沿いの中古車屋のストックヤードのようにしか見えなかった

 

 

この石川洋行は、社名からもわかるように、石川組製糸に関連した繭や絹を扱う貿易会社であったが、いつ自動車関係に転業したのか不明である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その先も老舗っぽい畳屋があったり、古い木造の平屋住宅があったりと、この通りが古い時代からのものであることの傍証を、あちこちに垣間見ることができるが……

 

このすぐ先で、旧道が国道16号線と合流する寸前に、こんな不可解な物件がある

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

驚いたことに、なんと平屋の洋館である。きれいに手入れされているので、まるで最近建てられたように見えるが、おそらく昭和初期ごろの建物だろう

 

4年前に初めてこの建物を見たときは、あまりのことに、しばらく呆然としてしまった

 

 

残念ながら玄関付近の窓はアルミサッシにかえられてしまっているが、庭に面した部分の窓は、昔からの木製の桟のまま残されている

 

こんなところに、唐突に洋館があるのは、常識的に考えると違和感たっぷりだが、国道と合流した場所にさしかかると、それは、さほど驚くにはあたいしない。と、思えてくる。というのは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旧道が国道と合流している場所には、入間市でもっとも有名な洋館である石川組製糸迎賓館があるのだ

 

全面をスクラッチタイルで覆われたこの建物は、大正時代の建造である。以前の川越の記事で紹介したが、川越の町には、この洋館を造った棟梁の自宅で、これをそっくり縮小したような洋館も残っている

 

 

普段は内部を見ることができないのだが、たまたまこの日は開館日で、敷地内まで入れたが、時間はすでに開館時間を10分過ぎていて、館内に入ることは出来なかったファッキン!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

石川組製糸迎賓館と国道をはさんだ向かい側には、ヴォーリズが設計した入間市を代表する西洋建築その2の武蔵豊岡教会が残っている

 

この教会を初めて見たときは、ダークな色調(茶色)の外壁で、まさにゴシックロマンといった雰囲気だったが、大幅な区画整理にともない、まるで新建材の建て売り住宅か、郊外のラブホテルのような鮮やかな色に塗り直されて、雰囲気が台無しにされてしまった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて教会の裏手には、微妙な商店街のようなものがあり、掘り出し物が出ることで、ごく一部のマニアに知られた古書店などがあったが、区画整理されてなくなってしまった

 

現在も残る昔の建物は、この2棟だけで、周囲にはピカピカの新しい建物ばかりが並んでいた

 

 

元は商家だったと思われるこちらの戦前型の建物も、七夕通りにあった土蔵造りの青木佐四郎商店と同様に、片流れの建築様式になっていた。どうやら埼玉県の宿場町には、この様式の建物が多いようだ

 

このあたりの住所は、入間市黒須。つまり、もう黒須宿はすぐ目の前である

 

 

ということで、次回はこのシリーズ最終回。黒須宿のクライマックスにふさわしい古民家で締めよう

 

 

 

 

 

 

 

†PIAS†

 

 

 

 

 

 

 

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