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今回散策する「大城通り商店街」は、蒲田の商店街のなかでも最大級に地味な場所である、というか、いろいろ検索してみたが、この商店街を散策している記事は皆無であった
以前の記事にて散策したキネマ通り商店街も地味だったが、「キネマ」というロマンチックな名前がついているぶんアピール力が高いのか、けっこう散策しているブログがあった。しかし、こちらは、とくにアピールするようなものがなにもなく、したがって、今回の僕の散策が、唯一の事例になるだろう
蒲田の駅を西口で降りて、北西方面に向かうと嫌でも目につくのが……
日本工学院大学のバカでかい校舎である
この大袈裟極まりないデザインは、校舎というよりも、なにかの宗教団体の本部か、あるいはソビエト連邦軍事情報局(GRU)本部といった、怪しげな組織の建物にしか見えない
これが西新宿ならとくに違和感はないが、この怪しげで巨大なビルの先は、下町的な極細の路地の飲み屋街といったロケーションなのが、なおさら怪しさを倍加している
なにしろこの巨大なビルと道をはさんだ反対側は……
こんな地味な飲み屋街なのだ。タイトルバックに使用した写真も、この飲み屋街の一角である
不思議な廃屋があった
軒先テントは骨組みだけになり、見るからに廃屋である。かつて入居していたとおぼしき店舗の看板が、3組確認できるが、そのすべてがスナックだ
それぞれ「貴石」「成」「アズ」と異なる店名がつけられているが、そのどれもがスナックと頭についている
しかし、この建物にはどう見ても、いっぺんに3店舗も入居できるような余裕はなく、二階部分は住居のように見える。この小さな建物の、どこに3店舗も入っていたのかがわからない
もしかしたら、店が代替わりしても、めんどくさいから前の店の看板を外さないで、新たに看板をつけたのだろうか? あっ、よく見たらアズは、隣のビルの2階にあるではないか。これで残るは貴石の謎だけである
などと悩みながら路地をすすむ。この飲み屋街は、右に湾曲しながら続き、ちょっと道幅が拡がったところが
大城通り商店街だ。なぜこの地味な商店街を散策しようと思ったかといえば……
昔この商店街から脇に入ったところに、高校の同級生が住んでいて、何度か遊びに行ったことがあるので、今はどんなふうになっているのか興味があったからである
久しぶりに訪れた商店街は、予想どおりすっかり寂れていた
僕が高校のころは、明らかにもう少し活気があったのに、歩くひとの姿もまばらで、なんだか地方都市のシャッター街のような雰囲気を漂わせている
いきなりシュールなオブジェのような建物があった
BSの文字が浮き彫りのようになったベージュ1色の戦後型看板建築である。BSとあるからにはブリジストン、間違いなくかつては自転車屋だったに違いない
それが廃業して空き店舗になったことまでは想像できるが、なぜベージュ1色に塗り潰されているのか理由が謎である。が、そのおかげで、なにか現代アートのようなおもむきである
平日の夕方なのに、開いている店舗は、全体の半分もないような感じで、明らかにシャッターが目立っている
なんだかブリキ製のロボットのおもちゃみたいな建物があった
これも一種の戦後型看板建築に分類できるが、そのマテリアルの構成が特殊である
「ケンロク」という看板が出ているところはモルタルで、サイドがブリキなのはオーソドックスな仕様だが、なぜか三階部分が、ピカピカしたステンレス製になっているところが、非常にSF的なな建物だ
しばらく歩いたが、やはり空き店舗ばかりが目立っていた
などと思ったら、スポーツ車の店「★ヒラタ★」という店があった
この貫禄でスポーツサイクルの店というのは、けっこう珍しい。戦後型看板建築の建物であることから類推すると、昔からの自転車屋の二代目がロードスポーツ車が好きで、プロショップ化したのかもしれない
盛業中なのは目出度いが、ひとつ残念なのは、かつてはデカデカと掲げられていたであろう「セキネの自転車」という文字が外されてしまっていることだろう
セキネサイクルは、すでに消滅しているので仕方ないのだが、これは歴史的な記念物として、ぜひとも残しておいてほしかったものである
この大城通り商店街は、蒲田から池上の本門寺方向にまっすぐ1キロ弱続くので、まだ半分ほどだろうか。とりあえず先にすすもう
それにしても、かつてこれだけ地味な散策があっただろうか? ……いや、ないな
後編に続く
†PIAS†
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