うちのダンナは冒険家〜招福ハレルヤ ウタ唄いPiapiのブログ〜 -26ページ目

うちのダンナは冒険家〜招福ハレルヤ ウタ唄いPiapiのブログ〜

うちのダンナは冒険家 そして私はウタ唄い
招福ハレルヤ というバンドをしています。
合言葉は Love× Laugh→Peace らぶらふぴーす

CD Q(ku:)のシャンバラ体操より
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ジャケットPooly




あるとき、赤い腰ミノをつけた二人の黒いおじさんが
夢枕にたち、私に
「これからは体操したらいいよ」と
耳打ちしてくれました。笑
そして
数時間の間に曲がどんどんできて
数日のうちにAlbum1枚作ってしまいました。
いや、2枚作ってしまいました。
驚くような速さで。

しかも歌詞がどれも変で
どこかからかイメージがやってきました。

しょせん、僕たちはガイコツだから

ほんと、みんなただの骨なんですよ。

ただのカルシウム。

それなのに

喜んだり悲しんだり楽しんだり
悩んだり嘆いたり笑ったり

ふりまわされるんですけど

しょせん、白い骨なんです。

そう思うと

何もかも

どうでもよくなる!笑


そんな歌です。



しょせん、ガイコツです。

ほんとにね。


これには体操ついてますから
一緒に体操してみてくださいね。



01 骨

頭のネジを少しゆるめたら
体のチカラ少しゆるんだよ
頭のネジを少しゆるめたら
奥歯のチカラ少しゆるんだよ

所詮僕たちはガイコツだから
所詮僕たちはガイコツだから
ちっともたいしたことなんてないし
ちっともいばることなんてないし

頭のネジを少しゆるめたら
体のチカラ少しゆるんだよ
頭のネジを少しゆるめたら
奥歯のチカラ少しゆるんだよ 


骨〜〜〜
骨〜〜〜

肋骨 胸骨 鎖骨 尾てい骨
コツコツガイコツ白いカルシウム
肋骨 胸骨 鎖骨 尾てい骨
骨身にしみるよ たまに骨休め

所詮僕たちはガイコツだから
所詮僕たちはガイコツだから
ちっともたいしたことなんてないし
ちっともいばることなんてないし

 

頭のネジを少しゆるめたら
体のチカラ少しゆるんだよ
頭のネジを少しゆるめたら
奥歯のチカラ少しゆるんだよ 


骨〜〜〜
骨〜〜〜
骨〜〜〜
骨〜〜〜

 

天晴レ天女ズの天晴レ体操 (効能 鏑木重治)
 

今日は夫の59歳のバースデーだった。


あと何年一緒に暮らせるのだろう?


私の両親はもういないけれど
夫の両親は二人とも昭和6年生まれで健在。
元気です。

もっともっと年齢を重ねていくと
より一層そういう気持ちは強くなるんだと思うけれど
30代40代では日々の大切さなんて
考えなかったなあ。

でも50歳すぎて
なんだか日々がとても大切で
何気なく一日を過ごすということが
なくなったなあ。

毎日をどれだけ楽しく
ハッピーに生きていくか
良い思い出を作るか
なんかそういうことを考えるなあ。

 

もう子育ても終わったし
あとは世のため人のために
何かいいことができたら
言うことなし。

そして今は私は歌うことで
人に喜んでもらったり
泣いてもらったり笑ってもらったり
できればいいなあ。



何か生きる意味を見出したいと
若い頃はそればかり思っていたけれど
今は毎日を
大切に印象深く生きていきたいなあ。



生きるって何だ?

それはきっと
ただ
存在すること
ただ
この世の中に存在するだけで
今のこの世界にとって意味があるんだと思う。
だから生かされているんだと思う。


そしてその人にとって
その人が決めた「魂の満期」がきたとき
あちらに還っていくのではないかなあ。

私は、生まれてくることも
還っていくことも
魂が決めているのだと思う。


だから、亡くなることが可愛そうなことではないし
魂が還っていく先は
この世界よりももっともっと愛にあふれた
素晴らしいところにいくのだと信じている。
そしてあちらに生まれるんだと思っているから
悲しまない。

でも時々会いたくなって寂しくなって
涙することもあるけど。


父が
「あかん、もう還らなあかん」と最後に言ったのは
なんかウルトラマンがタイマー切れるみたいだったな。


還る時をわかっていたんだな。

母なんか完璧で
亡くなってお葬式終わった次の日から
父のためのお弁当がお弁当屋さんから配達された。
自分のものはほぼ処分してて
家族の喪服と黒い靴が用意されてて
ブラボーだった。



私は昔から自分が47歳で死ぬと感じていた。
でも私が47歳のときに母が亡くなった
母が亡くなる=自分が死ぬ と同じくらい
恐怖なことだったからだと思う。
そして母が亡くなって
それまでの私も消えた。



両親が亡くなってから
本当の自分というものがわかってきた。
こんなに自由に自然体でいることができるのは
今までなかったから。
影響力強すぎたなあ。


激しい家族だったなあ。
今では懐かしい思い出。
時々あの激しさが恋しくなったりもする。
今はとても穏やかな日々。


私の魂の満期はいつなんだろう?
満期が来たら
まわりの人達にステキなことが起こるよう

生きていかないとな。
「徳」を積み重ねておかないとな。

なんか焦るけど
焦ると焦げちゃうから
焦らずいこう。


夫のバースデーに
こんなことを考える嫁でした。笑









 

歌うたいではあるけれど
普段から過剰に気をつけることもなく
普通に過ごしているけれど
乗り物に長時間乗るときには
ぬれマスクをしたり
喉を冷やさないようにタオル巻いたり
そういうことはするけれど
普段からマスクしたり部屋の湿度を保つとか
そういうことはしてないなあ。

季節によって昔から
咳が出たり鼻が詰まったり
なんだか鼻の奥が気持ち悪かったりすることがある。

週に2度くらいはぬるま湯にお塩を入れて
「鼻うがい」をしている。
ほこりが出るかなーくらいの感じではあるけれど
今回、試しに
塩いつもの半分のかわりに
なんとなーく重曹を入れてみた。
(100ccに対して塩1g重曹1gくらいの割合)

普段、私はお湯に重曹とかしたうがいをしているから
もしかして鼻にもいいかもと思ったのですよ。

お湯がぬるいと鼻にツーンとくるので
体温より少し高めの40度くらいのお湯がいいかな。

するとなんと
お塩だけで鼻うがいをするよりも
断然スッキリするではないですか〜。

立った状態から手を下につくような感じで頭を下げて
優しくティッシュで鼻をかんでください。
しゅんしゅんしゅんしゅん と優しく。
鼻のなかにたまっている鼻うがいのお水が出るのですが
スッキリ!!

塩も重曹もそんなに変わりないだろうと思ったけれど
何がどう違うんだろう?
即効性があります。

お試しする場合は自己責任でお願いしますね。
私はこれから、お塩と重曹うがいにしようと思います。

ちなみに重曹だけだと鼻が痛くてできないと思われます。

やってないけど。


ああ。スッキリ~気持ちいい






 

6年前の今日、
旦那さんはオーストラリアのナラボー平原を走っていました。
厳密にいえば、まだ「フィアンセ」だった当時
半年間もフィアンセが日本にいないということに
気の毒がってくれたメンバーが
あるサプライズをしようと冗談で言うと
「それやろ」ということに。

え〜〜〜!!ほんまに?


お誕生日の5日ほど前だったかなあ。
色々な手続きがギリギリでバタバタしました。
国際免許をとりにいったりとか
入国のための手続きとか
レンタカーの手配とか。

なんとか支度もでき
かっちゃんには
「しばらく奈良の山奥にレコーディングに行くから
連絡つかないかもしれへんわー」と言い残し笑
飛行機に乗っていざ、オーストラリアのパースに。

海外で車運転するのも初めてで超ハイテンション。
レンタカー屋さんには
「ナラボーには絶対に行ってはいけません」と言われつつ
「OK!OK!」

かっちゃんがいると思われる場所は
ざっとパースから1800キロ。
大阪から東京が600キロですからね。
3倍ですよ。

ナラボー平原は砂漠ですから
走っても走っても同じ風景が続く。
地球とは思えないような風景に
時折ぴょーんぴょーんと家族で跳ねるカンガルーに癒やされる。

さて、そんな旅の模様は動画でお楽しみください。

61から62が再会の場面です。笑

ああ。懐かしい。
私のスーツケース半分は食料で
空港でかばん検査のとき爆笑されました。笑

あれから6年かあ。はやいなあ。
かっちゃんも59歳で来年は還暦です。

LIFE IS VERY SHORT!

あっと言う間ですから
これからも楽しんでいきましょー。


お誕生日おめでとう。

 

 

 


 





 

50代に入ってから意識するようになったことは
やはり「老いる」ということ。

 


赤ちゃんの成長を見ていると
歩けなかったのに1週間たったら歩けるようになってるほど
早いスピードで成長する。



まあ、年齢によってその進み具合が違ったとしても
人は生まれた瞬間から死に向かって
エイジングしているわけで。



私はアンチエイジングという言葉はあまり好きでない。




エイジングは自然なことであって
日々間違いなく年を重ねている。
「アンチ」という言葉は
エイジングに対して抵抗をしている言葉よね。
それこそ「無駄な抵抗」なのではないか?
エイジングすることが嫌だ!と
「歳を重ねる」→老いる ということに対して
逆に「私は老いています」と老いにクローズアップしているのではないか?



まあまあ、30代、40代、特に女性は代謝も変化していき
ほうれい線が気になりだし
あら、目も遠くなってきたし
肌のつやもなくなってきたし
あら、やだ。シミが濃くなっている
と、色々不安になりもした。


だけど、年齢に逆らおうと考えたことはなくて
「気にもしない」というのが近いかな。



日頃食べるものや
お化粧品などは
できるだけ自然なものを使うようにしている。


食事は一日ほぼ一食で
900キロカロリーくらいを上限かなあ。
基礎代謝が1000kicalくらいしかないから。
(低燃費モードにはいってしまっている)
 

 

お化粧品は
普段はちょっとシミが気になる部分に
コンシーラつけて
リップつける程度。
普段はローズウォーターに少々のベジタブルグリセリンを入れた
ものをシュシュっとしておしまい。
時々泥のミネラルパックするくらいかなー。
アロマ使いなので(1級とってアドバイザーもとりました)
何かあればほとんどのことはアロマで対処します。


きっとね、気にすれば気にするほど
シワもシミも増えると思う。
その時の感情って
「ああ、シワできたらどーしよ。シミできたらどうしよー」と
思ってるわけだから
それって
「シミできろー。シワふえろー」と言うてるのと同じエネルギー。

そういうことを気にするのではなく
「この歳でこれは上出来上出来!」とほめてあげたらいいんじゃないかなー。
と、私は思います。


どうしたって歳はとる。
だけど、その人の美しさは外見ではなくて
やっぱり内面から出てくるものだと思う。

いつもハッピーな気分で前向きに向上心持ってアクティブに動いている人って
かっこいいし美しい。

内面って出ると思う。


映画みたりとか本読んだりして心に潤いを与える方が
肌に潤い与えるより断然効果あると思うし。


あ、でも私最近、ブラシ買った。笑
髪をとかすってことをしなかったんだけど
やってみようと思って。

アンチエイジングではなく
歳相応でも、美しく老いていきたいなあ。


長く現役で唄っていたいし。


ああ。歌うって体にもいいしおすすめです。
腹式呼吸で腹筋もつくし
顔の筋肉動かすし呼吸法やってるようなものだし。
歌うことが一番良いかもー。


何事にも抵抗をしないこと
流れにまかせて

はい。わかりましたー。笑








 

子供が小さい頃は
「末は博士か大臣か」と両親は胸に期待をふくらませ
(あはは。表現が昭和やな)
誰もが「わが子は天才だ!スゴイ!スゴイ!」と
ほめたたえるものですよね。

そのままずっと何か一つできるたびに
ほめてあげることができれば良いけれど、
気がつけば、ああ、ほめてないなあって思います。

うちは、息子も同業だし
まわりからチヤホヤされることが多いので
私は親として先輩としてどちらかというと
ダメなことばかり言う役割になっちゃいますね。

それでも、高校生の頃に
ミュージシャンになりたいと言っていたときも、
その後、プロとしてやりだして
「ミュージシャンであること」に対して
ダメだと言ったことは一度もありません。

子供が「大きくなったら〜になりたい」と思うものは
何かしらの直感が働いているものだと思います。
あるいは、前世からの何か(笑)?だったり
神様からのお告げ(笑)かもしれません。

いや、笑っちゃいけません。
本当に、人の夢というものは
無限の可能性を秘めています。

私たち50代の子供の頃の夢は
「先生、プロ野球の選手、電車の運転手、スチュワーデス、レーサー、
プロレスラー、医者、総理大臣」

今の子は
「パティシエ、ユーチューバー、ゲームクリエーター、デザイナー、サッカー選手」
などなど随分横文字が増えたものです。


我が息子の将来の夢は
「遊んで暮らす」でしたからね。
なんとも・・・苦笑


私はずっとずっと物心ついた頃から
歌手になりたかったんですけど
「大きくなったら何になりたいの?」ときかれると
大人の顔色伺いながら
「学校の先生」とか「ピアノの先生」って言ってました。

いやいや、全然、なりたいと思ってなかったですけど。

心の底の方でふつふつとしていたのはずっと歌手です。
歌手になるためにどうすればいいんだろう?ということばかり
考えていました。


私が23歳で結婚してからバンドを本格的にはじめて
27歳で子持ちデビュー(笑)できたのも
その信念が強かったからだと思うんですね。
だけど、不思議とあれだけ厳しかった親が
全く反対しなかったんです。
あまりに突き進んでいったのでその勢いに負けたのかもしれませんが
ある意味、認めてくれていたのかなあって思います。
もし、私が両親から猛反対されていたら
デビューすることはなかっただろうし
今ごろ、何もできずに後悔していたと思います。

父はなんでも好奇心旺盛だったので
私がデビューするときも興味津津でした。
母も思えば、雑誌を切り抜いてくれたり
してたなあ。
小学生の頃に「スター誕生」に申し込んで送られてきた
予選のはがきは破って捨てられたのに。笑


反対されなかったというのは
本当にありがたいことでした。
息子も当時小さかったから協力が必要だったので
両親も覚悟が必要だったと思うけれど。
そう思うと感謝です。


うちには夢を持っている人が
レッスンに来たりカウンセリングや相談に来たりしますけれど
私もゴローさんも人の夢を神聖なものとして扱っています。
何かになりたい、何かをしたい、という衝動は
何かのメッセージだと思うんですよね。

まあ、色々な人がいます。
夢の大きさも色々ですけど
我々のまわりに
ほとんどの人が叶えているんじゃないかなあ。

どんなことも諦めずに情熱を持ち続ければ
いつかできると思うんですよ。
諦めたら何もかもそこで終わりです。

年齢制限、身長制限、男女制限、色々な制限あります。
でも、奇跡が起きないとは限りません。
やり続けることだと思うんです。


私の小学生の頃の幼馴染が小さい頃に
「電車の運転手になりたい」と言っていて
大人になって本当に阪急電車で車掌さんしていたり
「野球の選手になりたい」と言っていた人が
本当に某チームに入って活躍していたり
なりたい自分になっているのをみて嬉しかったです。

「うれしかった」 というのは、みんなそろそろ
夢を叶えてその夢が終わりを告げる頃。
定年とか引退とかね。

さあ、みんな第二の人生を楽しむ年齢に入ってきました。

今度は息子や娘が親のやりたいことを受け止める番ですね。

40の手習いといいますけど
50でも60でも70でも80でもやりたいことがあればやりましょう!!

「そんなアホなことせんといて」というのではなく
やらせてあげてくださいね。


夢に年齢制限もなければ何の制限もありません。
見ている夢は叶えるためにあるんだから。



:*+:*+:*+:*+*:+*:+*:+*:+:*+:*+:*+*:+*:+*:+*::*+:*+:*+:*    

 

2019年

10/27(日) こうべ甲南 武庫の郷フェスロッチャ

11/01 (金) 金沢翠星高校学祭からの金沢ジェラス・ガイ

11/09 (土) 東大阪四季の森なごみ

11/17 (日) 愛知県弥富チャリティーマラソンにてミニライブ

11/25 (月) #招福ハレルヤ プレゼンツ 秋ヘソ@心斎橋SOMA

12/05 (木) セカンドアルバム レコ発ワンマン 心斎橋SOMA

01/06 (月) 東京レコ発ワンマン 下北沢 風知空知

01/07 (火) 名古屋 栄DreamCube

50代のおめでたい新人令和ポップミュージックユニット
 #招福ハレルヤ では 
文化祭・お祭り・運動会・マラソン大会・イベント・
披露宴・おめでたい席・盛り上げたい場所・
また
平日は#招福ハレルヤのゴローとPiapiの二人で
介護施設や病院、小学校中学校などの授業 
などに参上します。
ぜひ、呼んでくださいねー。
どんな場所でもどんな形でもできますので
まずはご相談くださいませ〜。

09038614701 #招福ハレルヤ 芝田吾朗 まで。

お待ちしてます〜。








 

普段テレビを見ないのだけど、
かっちゃんがごはんのときにニュースをみていて、
見たら日本全国あちこちが被災していて、
気持ちの持っていきようがわからなくなってしまった。

テレビをつけた途端に
自分の世界とは別の世界が飛び込んできて、
自分が毎日楽しそうであることに対して
罪悪感にさいなまれてしまう。

こんな楽しそうにしていてよいのだろうか?と
気持ちの持って行き場がわからなくなる。

まるで戦争のよう。

悲しすぎる現状でした。

しかし、ここで被災していない人までもが
こんなふうに気分を落としてしまったら
もっともっと日本が悲しみに包まれてしまうと思う。

それと同時に感じることは
痛みを知った人は他の人の痛みもわかるということ。
日本には阪神の大震災をはじめ、
たくさん痛みを知っている人がいる。
思いやることができる人がたくさんいる。
愛あふれる人がたくさんいる。

被災された方が
一日も早く笑顔になれますよう。

Love× Laugh→Peace

我々の音楽仲間のアスキングライフ(けんたろう!)が
神戸のKISS FMで看板番組を始めた。
「アスキングライフの答えはきっと音の中」
(この模様は10月20日20時半〜)


そしてその番組に呼んでいただき収録してきました。
(昨日放送がありました)

この神戸のKISS FMは私が四半世紀ほど前に
オプティムというユニットで
(シゲゾーさんと二度目のメジャー・デビューのときのユニット)
「オプティムのニュートンサーカス」という
番組をさせていただいていたのです。

中に入ると少し雰囲気は変わっていたものの
まず窓から見える景色が同じで
ミーティングルームも同じで

あの頃と変わらないものがあって
ジーンとこみあげてきたなあ。

オプティムをやっていたときのチームもアットホームで
楽しい思い出がいっぱい。
だけどその後まもなく解散となって
その時の思いというものは
私の中の心残りの一つとなった。

「いつかまた、あの時のチームで一緒に音楽をやりたい」
とずーっと思い続けて20年の時が経ち
ついに、2017年の3月6日にその日はやってきた。笑



「天球ぴんぽんず」で「虹と太陽の丘」(らんま1/2熱闘編エンディングテーマ)を
カヴァーすることになり、その許可をもらうために
曲を作ったシゲゾーさんにメールをしたら
「いいですよー」と他人行儀な(笑)返事があったのです。
実に、17年ぶりくらいの音沙汰。笑


そして母が亡くなったことや
当時2歳だった息子が今ではミュージシャンとして
プロで活躍している話しなど報告したら
「お母さんに手を合わせに行ってもよいかな?」と連絡があり。

当時は、息子が小さかったので
私の両親も一緒にシゲゾーさんのスタジオがある八尾に
引っ越しをし、私も八尾に住んでいました。

その後2011年に母がなくなり、
長く住んでいた場所にいると買い物にいったりでかけたりするたびに
父が母の姿を探してしまうので富田林に引っ越しをしたのです。


そして2017年の3月6日、
シゲゾーさんは富田林までわざわざ手を合わせにきてくました。

そして、なんだろう、
17年間の空白はその日で埋まってしまったというのかな。
きっと母が仕組んだのだと思います。笑

そしてまた一緒に音楽しようという流れに。(あははは。無理やり)

当時私の父もまだ生きていて何度かシゲゾーさんにも会ったんだけど
会うたびに
「おお〜〜!!久しぶりやな。もう何年ぶりや。元気やったか?」と
ちょっとボケていてもその存在はしっかり憶えてたんやなあと思い
おかしかったなあ。

そんな父も去年の春に亡くなったけれど
シゲゾーさんにも会えてよかったなあと思います。

今となっては私の両親を良く知るのは
ナオミとシゲゾーさんとゴローさんくらいやもんなあ。

そしてその再会のあと、すぐに
天球ぴんぽんずのメンバーとして加入。
しばらく天球ぴんぽんずで活動していたのだけれど
シュガーがおやすみするということで
天球ぴんぽんずの活動は只今休止中。

そして、去年の8月31日にとあるパーティーにお呼ばれがきっかけで
#招福ハレルヤ を結成。

そこからのスピード感が半端じゃない!笑
既にAlbum1枚出して
この12月5日には2枚目が出ます。

そして、八尾のコミュニティFMの話が持ち上がり
今は毎週火曜日の午後9時から30分間
「#招福ハレルヤの今日も三三七拍子」という番組も始め
毎週末にはあちこちイベントで演奏をし
充実した日々を送っています。

54歳の今、だから歌える歌もある。

役者さんは70歳になっても80歳になっても現役でその年齢の役があるけれど
なぜか、歌手って、除外されがちやもんね。
いやいや。私のまわりにはまだまだ現役で頑張っている40代50代がいるから
盛り上がっていきたいなあと思っています。

なんか、そんなことを思いました。

これからもどんどん活動していきますので
よろしくお願いいたします〜。

:*+:*+:*+:*+*:+*:+*:+*:+:*+:*+:*+*:+*:+*:+*::*+:*+:*+:*    
2019年

10/27(日) こうべ甲南 武庫の郷フェスロッチャ

11/01 (金) 金沢翠星高校学祭からの金沢ジェラス・ガイ

11/09 (土) 東大阪四季の森なごみ

11/17 (日) 愛知県弥富チャリティーマラソンにてミニライブ

11/25 (月) #招福ハレルヤ プレゼンツ 秋ヘソ@心斎橋SOMA

12/05 (木) セカンドアルバム レコ発ワンマン 心斎橋SOMA

01/06 (月) 東京レコ発ワンマン 下北沢 風知空知

01/07 (火) 名古屋 栄DreamCube

50代のおめでたい新人令和ポップミュージックユニット
 #招福ハレルヤ では 
文化祭・お祭り・運動会・マラソン大会・イベント・
披露宴・おめでたい席・盛り上げたい場所・
また
平日は#招福ハレルヤのゴローとPiapiの二人で
介護施設や病院、小学校中学校などの授業 
などに参上します。
ぜひ、呼んでくださいねー。
どんな場所でもどんな形でもできますので
まずはご相談くださいませ〜。

09038614701 #招福ハレルヤ 芝田吾朗 まで。

お待ちしてます〜。