うちのダンナは冒険家〜招福ハレルヤ ウタ唄いPiapiのブログ〜 -25ページ目

うちのダンナは冒険家〜招福ハレルヤ ウタ唄いPiapiのブログ〜

うちのダンナは冒険家 そして私はウタ唄い
招福ハレルヤ というバンドをしています。
合言葉は Love× Laugh→Peace らぶらふぴーす




#招福ハレルヤ セカンドアルバム「招福音楽(シアワセなミュージック)」ができました!!うほほ〜い!
これはね、すごいアルバムですよ。
大人のためのJーPOPになってます。
ヘッドホンやちょっといいイヤホンで聴いてください。
そして、曲順通りにループして聴いてください。
とても気持ちがクリアになると思います。
そしてちょっと体温が上がるような高揚した気持ちになると
思われます。
ぜひぜひ、CDで聴いてほしいな。

12月05日 心斎橋SOMA レコ発ワンマン
01月06日 下北沢 風知空知 レコ発ワンマン
01月07日 DreamCube(名古屋栄) レコ発対バン

そして、#招福ハレルヤ どんどんイベントなど呼んでください!
盛り上げま〜す。笑
全部、アナログで録音してアナログ盤作りた〜い!!笑

2009年のある日、ウトウトしていたら
夢の中に二人組の赤い腰ミノをつけた黒いおじさんが二人現れて
突然にたくさんの情報をくれました。
そしてそれをあっという間に曲にして2枚のAlbumを作ったのですが
その中の1曲です。
 

 

春夏秋冬(はるなつあきふゆ)

やんわり はんなり そして しなやかに


空を 仰ぎ そして 道を行く


ゆっくり しっとり そして 鮮やかに


変わる 時を 心のままに



変化ヲ 恐レルナ   

変化ヲ 恐レルナ



 

どんなに困難に例え 出会っても


そんなに眉間にシワは 要らない
 


簡単に簡単に いとも簡単に


案外すんなり 涼しい顔で


変化ヲ 恐レルナ   

変化ヲ 恐レルナ



今 わかる 変わる 雲  今 わかる 変わる 風
(春夏秋冬 色とりどりに 流れ行く景色 飛び越えて)



ゆったりゆったり大船に乗り

心開き  そして 身をまかす

 



今 わかる 変わる 雲  今 わかる 変わる 風
今 わかる 変わる 花  今 わかる 変わる 今


(春夏秋冬 色とりどりに 流れ行く景色 飛び越えて)

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このことについて書いている以前の私のブログはこちら

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Q(ku:)のシャンバラ体操をiTunesで購入する

CDを購入する


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2019年〜のSCHEDULE

11/17 (日) 愛知県弥富チャリティーマラソンにてミニライブ

11/25 (月) #招福ハレルヤ プレゼンツ 秋ヘソ@心斎橋SOMA

12/05 (木) セカンドアルバム レコ発ワンマン 心斎橋SOMA

01/06 (月) 東京レコ発ワンマン 下北沢 風知空知

01/07 (火) 名古屋 栄DreamCube

50代のおめでたい新人令和ポップミュージックユニット
 #招福ハレルヤ では 
文化祭・お祭り・運動会・マラソン大会・イベント・
披露宴・おめでたい席・盛り上げたい場所・
また
平日は#招福ハレルヤのゴローとPiapiの二人で
介護施設や病院、小学校中学校などの授業 
などに参上します。
ぜひ、呼んでくださいねー。
どんな場所でもどんな形でもできますので
まずはご相談くださいませ〜。

09038614701 #招福ハレルヤ 芝田吾朗 まで。

お待ちしてます〜。

うちの庭で
うちの古民家に元々住んでいる黒猫のジジが
仔猫を生んだ。
何度生んでいるかわからないけれど
気がついたらみんないなくなっていく。

今回は、ジジは庭の隅っこの
枯れ葉と波板の間の細い隙間に
生んだ様子。
生んだ、ジジの姿は今、どこにもない。
今回は育児放棄を選んだようなのです。

私は猫は最も苦手な動物だった。

子供の頃、猫に襲われて血まみれになったから
それ以来、猫が恐い。
そして
かつてはひどい猫アレルギーで
「猫」ときくだけで咳が止まらなかった


息子が「10日だけ預かってほしい」と仔猫をつれてきて
やむおえず預かった。
それからずっと1年以上いる黒猫アリを育てているので
少しくらいはどうすればよいかわかるようになってきた。
面白いもので、猫を受け入れたら咳は出なくなった。


そして、その後も、前回ジジが生んだと思われるうちの
1匹が家の中に入ってきてしまい
そのままうちで育てることに。
今2匹猫がいます。息子の黒いかぎしっぽの野良だった子アリくんと
まだまだ仔猫のミャオちゃん。
私、犬派なんだけど・・・


ともかく昼間はあったかいけれど
夜は冷えるし、
この小さな命を救わなければ!と
郵便局に小包を出しにいくところだったのだけれど
今の状況を把握して
とりあえずは猫に詳しい友達に連絡をとる。

FBにアップしたりして
パニックのようになっていたのだけれど
一番よく保護しているであろう
愛護センターに電話をして状況を伝え
どうすればよいのかをきくことにした。



私の予想では
「すぐに体温が下がらないように温かくして
連れてきてください」
だと思っていた。

 

ところが違った。

「仔猫ちゃんはお母さんが放棄してしまって母乳が飲めないと
ほとんどの場合がすぐ亡くなってしまいます。
心痛いとは思いますが
お母さんが帰るまで何もせずに
そのまま見守ってあげてください。
人間がいると警戒してまた戻ってこなくなるので
ともかく母乳を飲むということが先決です。
それで亡くなったからといって、
責めないでくださいね」


という内容だった。
優しかった。
「少し気持ちが楽になりました。ありがとうございます」
と電話を切った。


きっと、何も知らなければ
ダンボールに断熱材用の綿を敷いて
手で仔猫を持ち上げて、あっためて
その箱に戻していたと思う。


しかし、待てよ。
と思った。


親が放棄しているには理由があるのじゃないか?
相手は野生の猫。
人間が「良かれ」と思っても
親が放棄しているのだ。
人間と違ってそこには怠惰とか
面倒くさいという感情はないはず。
何かしら育てたくない
本能的な理由があるのかもしれない。


数時間の間に
色々な思いがぐるぐると頭の中を巡った。


小学生の頃(低学年だと思う)
学校の行き道で
スズメのヒナが上から落ちたらしく
下に落ちていた。


私は助けようと思い、学校につれていき
帰るころには弱っていたけれど
連れて帰って祈る思いで温めた。
元々インコや文鳥や十姉妹など飼っていたので
ひなに餌をあげる道具なども揃っていたので
父が帰ってきて一緒に温めたり餌をあげようとがんばった。
しかし残念ながら朝には冷たくなってしまった。


その日学校に行って
「あのスズメはどうなったん?」ときかれて
「死んでしまった」と言うと
みんなから「殺したー」とか「死なせたー」とか
「可愛そう」とか言う言葉をもらった。
とても悲しかった。
助けようと思っても助からなかった命。
自分が死にたくなった。


その後、大人になってから
野生の中では育たない子は間引くということを知った。



その一連の話はすっかり忘れていたけれど
今日、突然ふと、思い出した。


痛い。心が痛すぎる。


でも、魚も食べるし、牛もトリも、豚もいただく。
その生命は殺めているけれど
野菜を食べるのと変わらなくいただいている。
ハンバーグ!やったー!
焼き肉!やったー!
といただいている。


ところが、
私は野良だったミャオが

「助けて」と言わんばかりに
ガリガリで家の中に入ってきて育てるようになってから
ナメクジもゴキブリもムカデも蚊も何もかも
急にその生命が輝いてみえるようになって
手を出せなくなってしまったのですよ。


もちろん、植物たちについている虫もそう。
この小さな世界でも生態系があるんだと思うと
むやみに手を出せないというのかな。
大げさな話、
自分の庭で宇宙を観ることができるというのかな。
全ての営みがつながっていて
一つが狂うことで色々なことが狂ってくるんだなと
庭を触りながらいつも思うのです。


スズメを保護スズメしなくても
自然にいればその循環は自然と
プラマイゼロになるのではないか?


猫が大好きな人たちにとって
それをただ何もせず見守るというのは
非情極まりのないことだと思う。
そのままにしたらカラスやモズに食べられるかも
という話もあった。
だけど
カラスやモズは悪いのか?
誰が悪いのか?
保護しない私が悪い?
放棄するジジが悪い?
見守ってくださいという保護センターの人が悪い?


誰も悪いことない。
良いか悪いかとかではなく
自然か不自然か
なんじゃないかな。



一番大事なことを忘れそうになっていた。
やはり自然の摂理には
逆らってはいけないということを。

 


母親がそれを選んだのならば
その自由意志に任せるということ。





ものすごく色々考えています。
今も。
こんなこと言いながらも
寒いだろうなと
泣きそうです。


辛いです。


でもジジの判断を信じています。

この件でシェアしてくれたり
いろんな人にきいてくれたりした皆さん
ありがとうございます。

感謝します。

 



Love× Laugh→Peace 








 

大切な何かを失ってしまったとき
大切な人が居なくなってしまった時
それはたぶん
執着を手放せというサインなんだと思います。

永遠に何も変わらずいることは
この世において
絶対にありません

日々、すべてのものは変化していて
同じであることはありません。

日々、成長もすれば
老化もし、劣化もします。

自分もそうやって日々変化していくのだから
状況だって変わっていきます。


大切な何かを失ってしまったとき
大切な人が居なくなってしまった時

そんな時には
執着を手放して
新しいことを受け入れて行く時なのだと思います。

例えば失恋もそう。

敵わない恋
終わってしまった恋愛
いつまでもそこにいても
既にもう
ページ(周波数)が変わってしまっているのです。
いくらそこで待っていても
放送終了後のそのチャンネルには
もはやもうその世界には何にもないんです。

最終の番組が終わったらテレビを消すか
他のチャンネルを探すように
自ら動くことで新しい番組を見つけたり
知らなかったことを知ることができます。

そのままホワイトノイズを聞きながら
ぐっすりと眠るのも良いですが。笑



こちらの歌、↓↓↓
ずるずるべったんは
以前に眠っているときに夢に出てきた
赤い腰ミノつけた二人組のおっちゃんから来たインスピレーションをもとに
作った歌です。笑

♪ずるずるべったん Q(ku:)

 

なーんも持たんとBornと生まれきーてさ
でも なーんも持っては死んではいかれへん
せやのに なーんでそんなに 何でも欲しがるん やろね?
せやのに なーんでそんなに 何でも持ちたがるん やろね?

ずるずるべったん ずんずるべったん
こーれは僕のんやーで

ずるずるべったん ずんずるべったん
こーれはあんたのやーで

1と2と3と4と1と2と3と4と
1と2と3と4と1と2と3と4と


なーにをそんなに目くじら立―ててぷーりぷり
そりゃ どっちの言い分もそれぞれ正しいーん やろね

せやけど どっちがどっちのものでもあるかも しーれへん
せやけど どっちがどっちのものでもないかも しーれへん

ずるずるべったん ずんずるべったん
執着せんときやっほ
ずるずるべったん ずんずるべったん
両手あけときなはーれ

1と2と3と4と1と2と3と4と
1と2と3と4と1と2と3と4と

そーやで 全ては回って回って還ってくるし
えーこと みんなでわけわけしましょう
そうしましょう(そうしましょう)
そやから うれしいとーきはみんなで喜びまーしょう
そやから 楽しいとーきはみんなで笑いあいーましょう

ずるずるべったん ずんずるべったん
らんららららららーら
ずるずるべったん ずんずるべったん
るんるるるるるんるーんるん

1と2と3と4と1と2と3と4と
1と2と3と4と1と2と3と4と


Q(ku:)ワークショップ とある小学校にて


 



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こちら現在動いている私のユニット「#招福ハレルヤ」です。
とても良いアルバムです!!笑
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石川県の金沢で
高校の文化祭とライブハウスでのライブを終えて
車でえっちらおっちら帰ってきて、
朝、
私が以前、
20年家族で住んでいた場所の近くのカフェが開いていたので
普段朝は食べないけど
モーニングをいただくことに。

ここのカフェは
息子が小学時代、中学時代、高校時代、そして
私の母の余命を告げられたとき、
そして家で介護をしているとき、
亡くなっったとき、
父が一人になったとき、
父が余命を告げられたとき、
この先どうしようって思ったとき
色々な話を仕事の相棒であるゴローさんと
してきたカフェでもある。


ちょうど、その直前に
父が80歳過ぎてもコーラスの指導をして
楽器やスピーカーなどを車に積み込んで
あちこち行ってた話をしてて
「じィに会いたいなあ」と思っていた。


カフェは土曜日だったのでかなり満員だったけれど
一つだけテーブルがあいていたので
そこに座ることにした。

ここのサンドイッチは母が作るサンドイッチに
味が似ているんだな。
いつも母がサンドイッチを作るときに
ここの食パンを買ってきていたので
そのパンのもっちり感と味が懐かしかった。


ふと気がつくと、隣の席のおじいさんが
その隣の若い二人に話しかけているようだったのだけれど
その若い二人は怪訝な顔でおじいさんを見ていた。
どうしたのかなあ?と耳をピクリとそばだてると
おじいさんは、一人で何かを話しているようだった。


「こんな年になって、一人でいると
おかあちゃんのありがたみが今更ながらにしてよくわかります」
という話から始まったので

「おいくつですか?」ときくと
「90になります」
ということだった。

そしてそのおじいさんは
「いつも明るく楽しくいてんとあきまへん。
この年になってね、恐い顔しておったら誰も相手もしてくれへんから
元気よく挨拶して明るく楽しくしてんと」
と、色々話しを始めてくれた。


私は、さっきじいちゃんに会いたいなあと思っていたので
そのおじいさんから出てくる言葉一つ一つが
じいちゃん(父)からのメッセージのように聴こえてきて
気がつくとポロポロと涙が出てきた。


「今はね、ともかく動こうと思って朝の空気を吸って散歩して
ここでコーヒー飲んで、でも年金暮らしなんで贅沢できまへんけどな。
で帰って洗濯や掃除して、ちょっと花やら育てて水やったりして
体動かしてますねん。せやからこんなに元気や。
まあ、しかし、今更ながらに、おかあちゃんのことが忘れられへんで
ありがたかったなあ。と思いますねん。遅いねん!と一人で
つっこんでますけどな。ほんまにありがたかったですわ。
今もな。おかあちゃんのこと忘れられへんでな
こうやって毎日持ってますねん」
と、写真を出して見せてくれた。


明るくて元気そうなおかあちゃんの写真の下に
11年何月何日と日付けが記されていた。

「人生は色々ですなあ。色々なことありますわ。
そやけどね。明るく楽しく笑っておらんとあきまへん。
一人で掃除も洗濯もできるようになって時々おかあちゃんに
がんばってるやろ!と一人ごと言うことありますねん。
こうやって、お話ができるというだけで、ぱーーっとなって
一日が、嬉しくなりますなあ。」


少し痴呆も入ってきてはるようで
何度も何度もおかあちゃんへの感謝の言葉と
体を動かすことと、
自分がレスキューで表彰されたことや
人生色々だけれど、明るく楽しく笑って過ごさなあきまへん
が、ループしていた。
でも、何度同じ話しをきいてもそれはとても清々しく
とてもあたたかくて、重みがある言葉だったので
私はいつしかポロポロからビービーに変わっていた。

ずっと涙が止まらなくなってきて
今もその口調を思い出すと泣けてきてしまう。


なんかね、ほんとにじいちゃんからのメッセージなんじゃないかなあ。


ときに人間というものは
その外見や振る舞いなどで自分にとって必要不必要を判断することがある。
だけど、あちらからのメッセージというものは
時として、そういう形で降りてくることがあるんだと思う。


私は、たぶん、そのおじいさんが
泣きたい気持ちを代理していたんじゃないかなあ。
どれだけ寂しいだろうか?
大変だっただろうか?



「何事も経験ですなあ」と笑ってはったけど
笑えるようになるまで
どれだけ時間がかかったんだろう?


いろいろな思いが胸一杯になり
そして父からのメッセージだと思うと
ありがたさで一杯になった。



友達や家族と当たり前のように話ができていた若いうちは、
そんなこと思いもしなかったけれど
54歳の私でさえ
日々の何気ないことがとても大切に思える。





ちなみに、おじいさん、ゴールド免許を見せてくれたけど
昭和6年生まれだった。まだ88歳。
うちのじいちゃんも83歳なのに85歳って言ってたなあ。


そしておじいさん
「楽しそうにお話をされているところ
こんな年寄りがはいって、ほんますんまへんなあ。
こうやって話しができるだけで
一日が嬉しくなります」
と言って帰っていかはった。


そのあともしばらくビービー泣いて
まるでゴローさんに泣かされているかのように
見えていただろう。笑



おじいさんが
「今更ながらに、おかあちゃんのことが忘れられへんで
ありがたかったなあ。と思いますねん。遅いねん!と一人で
つっこんでますけどな。ほんまにありがたかったですわ。」
と言っていた言葉が
頭の中に何度もこだまする。


もっと親孝行したかったなあ。
みんな大切な人が亡くなって初めて
ありがたさがわかるものだと思う。
そして後悔して
もっとしておけばよかったなあって思う。

私も両親に対して
精一杯のことはできたと思うけど
もっともっといい思いをさせてあげたかった。
後悔してもそれこそ
「遅いねん!」だけれど
その分、まわりの人たちに
お返ししていきたいと思う。





時々、そうやって
「大切なメッセージ」が
偶然を装って
何かしらの形でやってくる。

それは自分が傲慢でいると見逃してしまうこともある。
もっともっと慎重に見極めることができるように
全てのことがらを丁寧に受け取りたい。


Love× Laugh→Peace



 

私は息子が2歳のとき27歳で1度目のメジャーデビューをした。
それまでも歌手になりたくて
TVのレポーターしたり番組のアシスタントしたり
やってたけど、むいてないなーと思っていた。

なぜなら私は若い頃、
心臓が口から飛び出すんじゃないかと思うほどの
あがり症で、
いざとなると頭が真っ白になってしまって
ドキドキしてたんですよ。

どれだけ回数を重ねても
全く慣れることなく
ピアノの発表会では
調を間違えて弾いて
あまりにあがりすぎてて
途中まで気がつかずに
すごい集中力で弾いていたという
そんな経験もあるくらい。

それが全く緊張しなくなったんですよ。
あることをきっかけに。

私は、大阪の八尾というところに
長く住んでいたので
教習所では「山道教習」なるものがありました。
カーブが怖くて怖くて
父に横に乗ってもらって
運転の練習もしたなあ。
そのときに父が
「山道で車を運転するときには近くをみるのではなく
その先を見て運転する」と教えてくれたんだな。

私はほんの1〜2メートル先を見て運転していたけれど
父が言う通りにもっと先を見て運転すると
カーブでも全然平気で
恐れることなく曲がることができたんですよ。


これってね、普段の色々な出来事にも当てはまるなあと思って
ちょっと自分が思うより下がって
物事をみるようにしたら
余裕ができるんですよね。

自分が客観的に自分を観る視点を数歩後ろにする感覚です。
(俯瞰ふかんでみるってやつです)


あがり症っていうのも
カーブで近くばかりを見るのとなんとなく感覚が似ていて
人前で何かをするときに
これでもかというほどそのことがらに焦点を合わせすぎて
そこに「あそび」というものがないんですよ。
だけど、カーブで少し前を見るような感覚にすると
とたんに気持ちに余裕ができて
体のチカラが抜けるというのかな。
なんかそんな感じになります。


父亡き今も、山道(八尾より一層山の方に引っ越したので)を
運転するたびに、横に乗ってもらって練習したことを
懐かしく思い出します。


そして、少し遠くをみる感覚を
仕事のときにも試してみたら
緊張しなくなったんですよ。
自分のことを客観的にみることができるのかな。


ちょっと意識の距離を離すだけです。
なんというのかなあ。
自分の体(頭の?)中にある意識を
外に出して天井から見てるくらいのところに
その意識を持っていくんです。

幽体離脱とは違いますよ。笑

自分の中から意識を外に出すんです。

ぜひ、やってみてください。

何か悩み事があるときにも有効だと思います。


お試しあれ〜♪


:*+:*+:*+:*+*:+*:+*:+*:+:*+:*+:*+*:+*:+*:+*::*+:*+:*+:*    

【現在のスケジュール】
11/01 (金) 金沢翠星高校学祭からの金沢ジェラス・ガイ

11/08 (金) 中津vi-code 出演は20時50分ごろから

11/09 (土) 東大阪四季の森なごみ

11/17 (日) 愛知県弥富チャリティーマラソンにてミニライブ

11/25 (月) #招福ハレルヤ プレゼンツ 秋ヘソ@心斎橋SOMA

12/05 (木) セカンドアルバム レコ発ワンマン 心斎橋SOMA

01/06 (月) 東京レコ発ワンマン 下北沢 風知空知

01/07 (火) 名古屋 栄DreamCube

50代のおめでたい新人令和ポップミュージックユニット
 #招福ハレルヤ では 
文化祭・お祭り・運動会・マラソン大会・イベント・
披露宴・おめでたい席・盛り上げたい場所・
また
平日は#招福ハレルヤのゴローとPiapiの二人で
介護施設や病院、小学校中学校などの授業 
などに参上します。
ぜひ、呼んでくださいねー。
どんな場所でもどんな形でもできますので
まずはご相談くださいませ〜。

09038614701 #招福ハレルヤ 芝田吾朗 まで。

お待ちしてます〜。

昨日、一昨日と
長年のお友達のグレッグ(グレゴリー・サリバン氏)と
グレッグのドキュメンタリーを撮影している
ごろっぴあのしばたごろうと一字違いのしばたごうさんが
ぴんぽん地球スに遊びに来てくれました。

グレッグは天満橋の満天堂のときにはしょっちゅう来てたのだけど
我々が富田林に来てからはお初でしたが
その、ドキュメンタリーを撮影しているゴウさんが
なんと、うちの近所の大阪芸大に行ってたそうで
しかも、学生時代、うちの横の金剛病院で撮影をしたことあるそうで
これまた何やら面白いご縁となりました。
(ゴウさんは、元々関東の人なんですが)


まあ、何からどう話していいのかわかんないほど
色々面白いことがあったのですが
グレッグとは、彼が福岡在住の頃に音響エンジニアをしていて
何かひょんなことで彼のTV出演のYoutubeを見つけたんだったかなー。
スタジオで何かやってるところの。
で、その頃、たぶんJCETIを始めたばかりでそのことの取材だったような。
そのあたりはウロ憶えなんだけど
なんかそんな流れでグレッグと第5接近遭遇するわけですよ。笑

で、当時天満橋にあった天満満天堂の仲間何人かと
本当に宇宙人とのCE-5体験をしに行ってみよう!と
近くの山に繰り出してしばし宇宙人とのコンタクトをして。

シーンとしている山の中で不思議な音がしたり
写真をとるとオーブが写っていたり
「あ、宇宙船だ!」というところまではいかなかったけれども
何かしら「そら、いてるよねー」という体験をみんなでしました。

そんなこんなで仲良くなり
大阪にきたときにはうちに遊びに来て
みんなでアホな集会をするという定番になっていたんですが
今回も、久々、3年以上ぶりに富田林のぴんぽん地球スに来てくれて
急遽、グレッグを囲むかい?と問いかけるようなイベントを開きました。


予想通りのメンバーがやってきて
それぞれの自己紹介(もう知ってるんだけど)とか
近況報告をしつつワークをしてくれたんだけど
グレッグがやってみたいワークがあると言うので
やろーやろーということで
「じゃあぴあぴさんやりましょう」とやることに。

日本でいう、こっくりさんのようなもので
台をガタガタゆらして反応を訊くんだけど
それでグレッグが誘導をしてきいていくのね。
(Oリング的な感じに似てるかな)

ゴウくんはその時の模様を撮影してくれてると思うんだけど
どうも5次元の生命体とアクセスしてるようで
abcdefghij  j  はいj
abcdefghijklmno  はいo
みたいな感じで
「joikam」という名前がでてきて
その人が私を主に護ってくれてる人なのかな。
私、3次元しかわからないけれど
その方法によると
プレアデス4回
レムリアン2回
とかそんな話だったと思う。
内容はもっとたくさんあったのだけれど
当の私はそのときに
ピンク色の世界の中にいて
大きなピンク色の蓮の花に囲まれて
それが銀河のようになって
とても美しい世界にいて
そこから☯陰陽のような巨大な星なのか何なのかわかんないけど
その黒い部分の白い穴から入って白い部分の黒いところから
ひねって出てくるようななんだろう、なんか
ひっくり返してひっくり返してみたいなのを
無限に続ける中にいたような
不思議な体験をして
きっと、それはもしかしたら
永久のエネルギーなのかなんかそんな気がした。


joikamさんについては
Joycomeなのかもしれないんだけれど
確かに私の後には
以前のブログにも書いたように
ロッテンマイヤーさんみたいな人から
ノリノリファンキーな黒人のお姉さんみたいな人が
入れ替わったけれど
その人がもしかするとjoikamさんなのかもしれないねー。


私が思うに、高次元の存在というか
周波数の高い存在というものは
エネルギー的に見えないんちゃうかなあって思うねんね。
自分が同じ周波数にいたらその存在の形状とかもわかるんかもしれないけど
周波数が違うところのものって基本見えないと思う。
だから、自分ではわからないのかなーって思う。
レムリアンとかプレアデスとか他の星とか
きっと周波数が地球とは違うから
地球にいるとわからないんちゃうかなあって思ったりね。
ただ、見えなかったりわからなかったりするんやなって。

ピアノの鍵盤とか楽器の弦をつまびくまで
そこに確かに鍵盤おせば、ドの音は存在するはずなのに
押さなければその音が聴こえないように
アクセスしない限り
そこにあってもないような感覚。
わかるかなー 言ってる意味


で、そのあとがまた面白かったけど
それはまた機会があれば〜〜。笑

ロマンやねー。
ないと思うよりある方が楽しいね。









 

富田林市に引っ越してきてまる3年。
あっと言う間です。
来年市政70年ということで
市役所の方から
Brian the Sunの良太あてに連絡をいただき、
市長さんにご挨拶する機会をいただきました。

その前に夫(アドヴェンチャーランナー高繁勝彦)が
ご挨拶させていただいていて
おそらく良太が息子だとは知らなかったと思うので
みんなでどっと押しかけました。笑

市長は39年生まれ。ちょうど今日がお誕生でした。
おめでとうございます!!

ゴローさん38年、私40年で
同世代。
良太の話も熱心に楽しそうに聴いてくださり
気さくで楽しい方でした。

市政70年。
うちの古民家が80年近いので
まだ比較的新しいんですね。

私たちは引っ越してきてまる3年ですが
引っ越してきてよかったなあと思います。
それまで天満橋の都会のど真ん中でしたから
毎日山見て暮らせるのはほっとしますね。


引っ越しを考えている人はぜひ富田林へ〜!!

お待ちしてますよ〜。笑

左からゴローさん 良太 吉村市長さん 私 夫(かっちゃん)


写真提供 納さん(なやさん) ありがとうございます☆