うちのダンナは冒険家〜招福ハレルヤ ウタ唄いPiapiのブログ〜

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うちのダンナは冒険家 そして私はウタ唄い
招福ハレルヤ というバンドをしています。
合言葉は Love× Laugh→Peace らぶらふぴーす





大阪富田林よりお届けします


25年ほど前に「らんま1/2熱闘編」の「虹と太陽の丘」という歌を歌っていた
ぴよぴよのボーカルです。
現在、虹と太陽の丘を作った元ぴよぴよのShigezoと
同時期BLUEZIE!?というバンドにいたボーカルの芝田吾朗と3人で
#招福ハレルヤ というJ-popユニットをしています。
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2020年9月22日 国連総会でのトランプ大統領の演説です。
7分ほどですが全文書き取りました。
よかったらどうぞ。






国連総会で演説できることは 私にとって大変名誉なことです

第二次世界対戦が終わり75年が経ち
そして国際連合が創設され
今、再び世界は戦闘の中にあります。

見えない敵 中国ウイルスと戦っています

これが無数の命を188カ国で奪いました。

アメリカでは最も積極的な動きを行っています。

人工呼吸器を供給し
友好国や世界的な同盟国の間で分かち合いました。

また、命を救う治療を開発し、死亡率を85%4月以来削減しました。

幸い3つのワクチンが現在臨床試験の最終段階に入っています。
すぐに開発されたら大量生産しすぐに配布できるように体制を整えています。

我々はウイルスを破りパンデミックを終わらせます。

そして新しい前例のない繁栄と協力と平和な時代に入っていきます

このような明るい未来に向かっています。
我々がこの明るい世界を追求する中で
我々は世界にこの疫病をもたらした中国に責任を問わなけれななりません。

中国はウイルスの初期に 国内をロックダウンせず 
人々が中国を出発するのを許し 世界中にウイルスをばらまきました。
我々は国内便を禁止しました。
しかし、中国政府と世界保健機関(WHO)事実上中国に支配されていますが
人から人への感染の証拠はない としました。

そしてその後、症状のない人は 
このウイルスを拡散させることはないとしました。

アメリカは中国の行動の 説明責任を問います。
 
そして中国は大量のプラスチックゴミを海洋に投棄しています。
そして漁業の乱獲をしています。
サンゴ礁を破壊し有害な水銀をどの国よりも多く排出しています。

中国の温室効果ガス(二酸化炭素)の排出はアメリカの2倍にのぼり
急速に拡大しています。

そして私が一方的なパリ気候変動協定から離脱したとき
アメリカはどの国よりも二酸化炭素の排出量を減らしています。
そして例外的な記録もありましたが、
その一方で中国はやりたい放題です。
環境にも興味がなく全く考えてくれていません。
アメリカを罰することしか考えていません。
私はそれを容認することはできません。

「国連」というものがそれをもって有効的な活動をしていただきたいのです

真の問題というものがあります。

テロ
女性への抑圧
強制労働
麻薬の密輸
人身売買 売春
宗教面での差別

民族浄化ということが少数民族に対して成されています

人権に関してアメリカはリーダー的な存在です。
我々は
宗教の自由というもの
女性への機会を与える
同性愛などに対する動き
人身売買や生まれていない子どもたちの命を護ります

アメリカの繁栄というものが
自由 そして 世界全体の安全保障 の土台となっています

この3年という僅かな間に アメリカは 史上稀になる形で
経済を作り上げました。

我々の軍というものも大幅な規模で増やしています。
また2.5兆ドルをこの4年間に軍に対して投資してきました
最も力強い軍というものを作ってきているのです。

我々は何十年にわたっての中国からの不公正な貿易慣行に立ち上がりました
また、中国以外の他の国々が大きな犠牲をはらっているのです。

そして歴史的なパートナーシップを
メキシコ
グアテマラ
ホンジュラス
エルサルバドル
の間で結びました。

これらの国での人身売買を止めなければなりません

そして
ニカラグア
ベネズエラ

の人々とともに立ち上がりました

自由を求めています

また
ひどい、イランの核合意がありましたが撤退しました。

さらに先方はテロを容認するようなことをしているのです

ISIS(イラクとシリアで発生したイスラム過激派組織)に対しても
撲滅しました。
アブバクル・バグダディをころしました。
 
さらに取り組みをすすめています。
 
今月我々は 平和合意(和平協定)をセルビアとコソボの間での和平協定を
結びました。
そして2つの和平合意を中東において実現しました。

また歴史的な突破口を中東においてもたらしました。
何十年にも渡って進歩がなかったのです。

そしてこれは

UAE(アラブ首長国連邦)
バーレーン

がイスラエルと国交を回復するということになるわけです。

これは彼等にとって素晴らしいことであり
中東にとっての夜明けなのです。

異なるアプローチをとることによって
異なる結果が出てきました

より良い結果というものが出てきています。

我々のアプローチがうまくいったのです。

より多くの平和合意というものを実施したいのです。

楽観的に私は思っています。

つまり こういった血はもうないのです。
そういう日々が終わるということを求めています。

またアメリカはアフガニスタンの戦争を終わらせたいと考えています。

そしてアメリカの兵隊を帰還させ
そして我々はかつてないほど強い国として
軍事レベルも高く
世界の調停国としての役割を大きく果たしていることになります。 

神に感謝し武力行使をしなくてよい世界を作り上げてきたのです。


自国民を犠牲にするのではなく 自国民を愛し
これがこれからの真の意味での基盤となるでしょう

そして私は大統領として
過去の失敗してきたアプローチを否定します。
そしてアメリカを優先します。

皆さんも自分の国を優先するべきです。
それをするべきです。

私は自信を持っています。
来年対面でお会いできるとき
歴史上で最も素晴らしいときとなるでしょう

アメリカに神の祝福あれ
国連に神の祝福あれ



 







 




 



映画を観た「沈黙 サイレンス」を観て 
原作 遠藤周作 監督 マーティンスコティッシ
インスピレーショナルスピーチ

たまたまYoutubeの一覧にこの映画の記者会見の模様のサムネイルがあって
ああ、そういえば高校生の頃に遠藤周作さんの原作本を読んだなあと思って
観ていたら、かっちゃん(夫)も読んだということでした。

私は学生時代は月に20冊ほど、夫は一日に数冊読むほどの
本の虫という共通点を今更ながらに知り
なるほどなー。といろいろ納得。
私は実家の目の前が図書館だったので仕事のないときは
図書館に入り浸ってましたねー。
かっちゃんは図書館の本の整理する仕事してたときもあるそうで。
結婚のときにも重なっている本がたくさんあったなあ。
今も紙の本の方が好きだけれど目が霞むようになってからは
もっぱらKindleになってしまいましたが。

さて前置きはさておき


この映画は原作の描写もかなりキツイとは思うけど
歴史の一部を知るのにいいかもなあとネトフリで探したらありました。


いや、もう、ずーーーーーーんと重いです。
2時間40分と長編の映画ですし
途中目を伏せてしまう場面もたくさん。
きつかったー。

学生の頃に読んだときにも
きっとずーーんとしたんだろうけど
時間の経過の中ですっかり忘れていました。

今の状況と政府のあり方がここまで表向き残酷ではないけれど
1600年代初頭のこの映画の状況と
なんにも変わっていないような気がしました。
というかだんだんとこの方向に戻っていっているようにさえ
感じました。

さてここからは映画を観てのインスピレーショナルスピーチ。


私は母がカトリック。私も生まれてすぐに洗礼を受けたようで
「セシリア」というとても美しい名前(音楽の守護聖人の名前)を
いただいたのだけれど、教会というところが好きになれず
現在は特に信仰はしていません。

母も熱心に教会に通っていたわけではないけれど
家ではお祈りしたり賛美歌を歌ったりしていたし、
父はこだわりのない人だったので一緒に歌ったりしていた。
(今だに父が唄う いつくしみ深き♪の声が耳にのこっている)
幼稚園は私も弟も私の息子も揃って聖母幼稚園。
「悪いことをしたら地獄におちる」とか
輪廻転生の教えがないからかもしれないけれど
「死ぬともう会えないという恐怖」が染み付いてしまっている。
毎日こっそりと
「イエス様マリア様パパとママと弟とおばあちゃんが死にませんように」
と、お布団の中で祈ったものです。


クリスマスはいわゆる日本人がするクリスマスのように
ワイワイ楽しむものではなく
イブから夜通しのミサに参加。

子供の私にはただただ退屈で寒くて苦痛だったなあ。
「天国と地獄」という考え方も怖かった。
日本でも悪いことしたら閻魔さんが舌を抜きにくるぞ!と
TVでやってたりしたけど、悪魔が来て・・・と
なんだかよくわかんない「悪魔」は本当に怖かった。
そうこうしてるうちに人生初のホラー「オーメン」
もう、あれが決定的だったかな。
教会や神父さまが怖くなった。

母はよく、電話ボックスくらいの大きさの部屋に一人で入っていき
何をしているのかわからなかったけれど
後に懺悔する告悔の部屋だと知った。

そういう一つひとつが子供心になんとなく馴染めなくて違和感があった。
みんなとても親切で優しくしてくれた。
でも、どうしても私には馴染めなかったなあ。


今の日本人(昭和30年代後半以前に生まれた人)は
信仰というものを持つ人も少ない。
特にいまの若い人たちは
信仰の代わりがアーティストだったりSNSだったりするけれど
困ったときには「神頼み」をしに神社に行って手を合わせて
ご縁がありますように」と5円玉を賽銭箱に入れて
自分のお願いだけきいてもらおうとする。
とてもおもしろいなあって思う。

5円分でいいんやー。笑

もちろんそういうのは「お金」ではないと思う。
「心構え」とか「決心」とかの方が重要だと思うけど
神社には鏡があるように本当の自分(真実)を
知る場所でもあるかと思う。


私は、
神様というものは自分の中に在るものだと思っている。
そして一人ひとりみんなの中に在るものだと思っている。

夫の神様は夫の中にいて
友達の神様もまたそれぞれの心の中にいる(と私は思っている)

そして、その神様とのやりとりで
ああ、自分がなんだか神様に「OK」と言ってもらってない氣持ちがするときは
「罪悪感」を感じてしまう。
その「罪悪感」は自分の心だけでなく体にも影響を与える。
病氣というものは実は自分の中の神様への罪悪感なのではないかな?


私は人と接するときにその人の表面ではなく
その人の中にいる神様と話しているのだと思う。

本当はこうしたいのだけれど、家族がダメというから・・・とか
お金がないから・・・とか
色々な理由が自分が本当にしたいことを「できない言い訳」を作って
自分の中の神様を曇らせてしまう。

だから、DOUBT!(嘘ついてる!)というときには
自分の中の神様と肉体的(表面的)な波動とズレが生じる。
でも人というものは「恒常性」というものがあって
本来のところに戻ろう戻ろうとする。
それが「抑圧」なんじゃないかな。
プレッシャーに押しつぶされて病氣になってしまう。


この映画は私にとってそういうことを導き出してくれた。


映画の中では何度も「踏み絵」を踏む(踏まない)場面がある。
自分が信じている神様の絵が彫ってあるプレートを踏んで
無理やりに自分が信者でないということを証明させる。
信者にとって踏み絵を踏むということは「神に対する裏切り行為」だけれど
踏まなければ家族も一緒に残酷な見せしめにあう。

戦争もそうだと思う。
「護るために」戦場に向かうのは自分にとって誇りなこと。
だけど人を殺めてしまうという行為は
自分にとっては本当にしたいことではない。
そういうギャップが生まれる人は戦場から帰ってきて
氣がおかしくなったり自死してしまったりあるいは
自分を償うために人のために働くことをしたりするそうです。

今も、知らないところで戦争は起きているし
これから、「枠ちん」や「チップ」や「ナンバー制度」や「かんし社会」や
望まない状況がどんどん整えられています。
でも、私は自分の中の神様には嘘をつかないでいたいと思います。

私も567騒動でかなり抑圧があり
プライベートの中でも色々変化もあったのですが
それだけでなく、世の中に知らされていない嘘の報道が
TVやマスコミでされていることに対して
我慢できなかったんでしょうね。
でも、違うことは違う、NOと言おうと決めました。
もちろん変な人と思われたり、嫌われたり、避けられたりするのは
いやだけど、今は一人でも多くの人が
違うと思うことは「NO」と声をあげる時なんだと思います。
私は声出していこうと思います。


ああ、なんかたくさん書いてしまいました。
これがこの映画を観て思ったことです。
ふつふつとエネルギーが湧いてきています。
「生きろ!私」
「お願い生きて!みんな!」
命がある限り。

そして目の前人の内なる神様を敬って
「愛」を持って毎日を過ごしていきます。


長々とありがとうございました。


Love× Laugh→Peace







我が家は古民家で家のあちこちに蜘蛛が巣を張る。
油断していると顔にべちょっとついたりする。

縁側から外に出るところでふと蜘蛛の巣に目をやると
そこには小さな虫がくっついていた。

そこに大きな蜘蛛が近づいてきて・・・

さあ、この時点でみなさんの頭の中では
どのような感情がはたらきますか?

ほとんどの人は
「小さな虫が食べられてしまう!可愛そう」
と思うんじゃないでしょうか?


私達が育って来た中で「正義の味方」はたくさんいます。
正義があるということは悪があります。
でも正義と悪って何なんでしょう?

果たして、小さな虫は弱者で蜘蛛は「悪」なんだろうか?

決して違いますよね。

蜘蛛だって食べないと生きていけない。

子供の頃に読んでいた「童話」や「昔話」にも
ほとんどのお話は「悪者」がいて「退治」する者がいた。


その蜘蛛の巣の虫を見て私も
「ああ、食べられる!かわいそう!」と
助けようとしてしまいそうになりました。
でも、私の今までの人生の中で
そうやって「私」の立場で助けてしまうことが
多々ありました。

でも、蜘蛛側の立場だったら
お腹がペコペコなのに食べるものがなくなってしまうわけです。
ああ。悪いことしてしまったと思うわけで
結局、私にとっっては

どちらにも罪悪感だけが残り
何もしない方がよいのです。

植物を育てていてもたいがいの本などには
「害虫を退治」「雑草を抜きましょう」
なんて言葉が目につきます。
「害虫」って誰にとって害虫でしょう?
「雑草」って十把一絡げな感じですよね。

植物についている虫にも虫の役割で意味があります。
雑草と呼ばれている草たちにも意味があります。
ほったらかしにしていても立派に植物は育ちますし
虫たちに葉を食べられたあとにはイキイキと新芽が出ます。
草は抜かなくても自分たちの役割(土の酸性アルカリ性の調整や土中の虫との関わり)が
終わると枯れてしまうか生えなくなります。
雑草と呼ばれる草たちが強いのは
放ったらかしにされるからでは?


世の中には人間を中心とした考え方が多くあります。
例えば病気もそう。
医療が発達したように見えるけれど今ではビジネスですから
何か病気になって運ばれると「松竹梅どのコースで?」という
暗黙のコースが提示されます。


そして今はコロナで37度あったら要注意のような風潮になっています。
熱があったらヤバい!という危険な図式です。
37度は元々平熱ですし、免疫力を上げるのにはちょうどよい体温です。
これぞ、マインドコントロールみたいなもので
入り口で体温測って37度あったらコロナを疑え!という流れです。

特にがんは低体温が原因ですから体温を37度に近づけるのが良いのですが
世の中が低体温を推奨するような流れになっています。
これはとても危険なことです。



がんといえば
ある90歳のおじいさんが亡くなり
自分の体を検体に使ってくださいということで
医学生たちがそのおじいさんの体を開いたところ
体のほとんどはがんがまわっていたそうです。

それでもそのおじいさんは最期まで元気だったそうです。
私の母も子宮頸がんでしたが
先生の見立てによると「50代あたりからあったもの」だったようで
70歳で検診に行って見つかるまで何ごともなかったんです。
母は転移もなく体全体の中にたった2cmの異物があっただけです。
でもちょっと体がだるかったりすると「がんだから」となってましたから
私は体感を言うようになったんです。
(大きな地震の前などは胃痛や吐き気しますから。ちょうど311の頃でした)

検診に行かなければ今もまだ元気だったと思います。
(考え方は人それぞれですから行った方が良いと思う方は
それで良いんだと思います。)


がんというものが果たして体にとって悪いものなのか?
必要だからできるのでは?
助けるためにできるのでは?
と考えることはできると思います。
そして体質を変える(食べるものを変える)
習慣を変えるだけでそれは必要なくなり
役割が終わると消えるものだと思います。

世の中で「悪」と思われていることは
実はそうではないことがとても多いように思います。

でも、それが日常化していて「気が付かない」ようになっています。

今の世の中は本当は戦争なのにほとんどの人はそれを言いません。
気が付かないように気が付かないように慣らされてきているからです。
なんとなくわかっていてもそう思いたくないのかもしれません。
TVで見る情報はほとんどが操作されていますし
芸能人の大麻や離婚や結婚などの芸能情報で手品の左手チラチラの目線そらしのように
ごまかされてしまいます。
その間にも色々な大切なことが決まっていったりしています。


話はズレてきましたが
インスピレーショナルスピーチなので出てくることをそのまま書いています。
ご了承を!笑

自分が自然だと思っていることが実は自然でなかったりします。
地震や台風もそう。
もう昭和50年代からそういうことは操作できる技術があります。
地震に関してはもっともっと古くから。
病気に関してもそう。

だから自分や大切な人を護るために氣をつけないといけない。
自然ではないから観察していれば予測はできるんです。
体感などもそうです。(動物的な感覚の人はかなり影響受けます)
でもたいがい2時間我慢すれば体感は終わります。

ここは「悪」のすり替えというのか
「悪なんてない」ということがなぜかこの部分だけまかり通っていて
こんなことを言うと「トンデモ」とか「おかしい人」という感じになります。

 


驚くのは1投稿100円〜300円くらいでちょこちょことした投稿をさせて
情報を操作する方法があるということです。
お金を出せばなんだって操作することは簡単です。

ほんと、全てのことは操作されていると思って間違いないです。
だから自分の感覚を正常に保つことは至難の業ですが
どうやって判断するかというと
自分がすっきりしているか否かです。
何かこうすっきりしないというときには巻き込まれています。
抜け出す何かをした方がよいです。
音楽きいたり映画を観てリセットするとか・・・
しかしまた、世の中で売れている音楽や映画も実は操作されているので
そういう手の入らないインディーズものがよいかもしれません。笑

マスクも本当のところ必要ないと思いますが
しないことで心配する人が多いので
余計な心配をかけないためにするだけで
自分がそれで病気を防げるとは思いません。
菌はマスクを通り抜けていくのですから。

ああ、また斜めからものを観てる・・・
と思う方も多いと思います。
今の世の中的にはそう思われて当然かと。

でもそういうことは80年代あたりから
どんどんエスカレートしてきています。
ぜひ、色々自分でも調べてみてください。

自分がどれだけ世の中の色々なことに洗脳されているか
渦中にいるとわかんないと思いますが
今の台風だっておかしいと思いませんか?
今、日本は宙ぶらりんです。
自分の身は自分で護りましょう。


かなり話はそれてしまいましたが
何が正しいか何が間違っているか
その判断をしっかりと見極めてください。

そして私はやっつけで作ったワクチンは信用しませんし
自分の「自然治癒力」を一番と考えます。


これも人それぞれです。
運命を決めるのも自分自身。人それぞれです。

蜘蛛の巣にひっかかった虫を見て
「ああ。これが自然なんだ」と思える感覚を。


皆さんの健康と安全と幸せを心から願います。



Love× Laugh→Peace