ペッターの話 -7ページ目

ペッターの話

誰も見てないと思いながら書いてる

3日目の熊本が1番やばいスケジュールだった。

そもそも、当初の予定では2日目の昼には

福岡を出て熊本へ向かい

城くらいは見ておくつもりだった。それを

「今回のメインは黒崎とロケ地巡りなのだから

そこに時間を使うべきじゃないか!」

と思って新幹線の時間を遅らせた関係から

熊本を1日に詰め込むことになってしまった。


朝7時に起きて朝食。

種類が豊富なうえにどれも美味しそうで

たくさん食べたかったのに

やっぱり朝から食欲がわかずに

なんとか明太ご飯を味噌汁で流し込んだ。


部屋に戻ってYouTubeで

光石さんのインタビュー映像を観ながら支度。

8時半に出発、10分歩いて熊本城へ。

オープンは9時なので外人団体観光客と一緒に

開演を待ってからチケットを買った。

雲ひとつない青空に城が映えて

とても綺麗だった。

中の展示類はゆっくり見てる暇がないので

あとで見たいとこだけ写真撮って天守閣。

ぐるっと一望してさっさと降りた。

正味30分。

本当はもっとゆっくり見たかったけど

城を見に熊本へ来たわけじゃないから。



加藤神社でお参りだけして

20分歩いてるときに

道路の向かい側にあったラジオ局?の建物で

漱石先生のポスターを発見。



漱石先生が熊本で住んだ家は全部で6軒。

そのうち現存してるのが3番目、5番目、6番目。

6番目は最近まで人が住んでいて

一般公開されておらず

入れるのは3番目と5番目の家。

で、最初に行ったのは5番目の家。


管理してるおじさんが上記のこととか

5番目の家での出来事を色々解説して下さった。

漱石先生に初めてお子さんが産まれたのが

この5番目の家だし

1番長く住んだ家でもある。

個人的には教え子の寺田寅彦が

「書生にしてください!」

とお願いしたものの

汚い物置しか空いてなくて断念した

というエピソードが好きで

それがこの家ってのがアツい。

飼ってた犬が暴れん坊で

帰宅した漱石先生が襲われて

服をビリビリにされたのもこの家。


撮影オッケーだったので思う存分撮って

めっちゃ時間をかけて堪能した。

来館者が自由に書けるノートを見てみたら

私のように県外から来てる人はもちろん

海外の方も多くいた。

英語で1ページ半ギッチリと

書いてる方もいた。


玄関に飾られているものを眺めていたら

「そちらは東京の漱石山房で売ってる

アクリルスタンドですよ」

と管理人さんが話しかけてくれた。

「あ、実は持ってきてます……」

胸ポケットからスッと取り出した。

ただの観光客ではなく漱石ファンだと分かって

管理人さんが嬉しそうに

漱石山房の館長とも交流があるとか

来年、漱石に熊本に来て130年だから

企画を考えてるとか、色々教えてくれた。

庭をぐるっと一周して戻ってきたら

次のお客さんの相手を終えた管理人さんが

わざわざ外まで来て

限定のマグネットを渡しに来てくれた。

せっかくなので

「すみません、写真撮ってもらえますか?

1人なもので………」

とお願いし、建物前で撮ってもらった。

「ちゃんと"夏目金之助"の表札が

入るように撮りますねー!」

と快く対応して下さった。



わが輩通りと名付けられた道を25分歩いて

上熊本駅へ。

漱石先生が熊本に来て降り立ったのがここ。

駅前に銅像がある。

2日目の夜に行こうかとも思ったけど

昼間の明るいときに行って正解だった。

夜じゃ多分、暗くてよく分からない。



熊本電気鉄道という

くまモンのラッピングがされた電車に乗った。

ワンマン運転、2両編成の小さな電車で

今回の旅で初めてPASMOが使えなかった。

乗り方が分からず困ってたら

車掌さんが助けにきてくれた。

降りる時には先頭車両しか扉が開かず

そこで車掌さんが確認しており

決済してから降りる。

新鮮。東京じゃ絶対無理だ。



北熊本駅で乗り換えて黒髪町。

この辺になるともうコンビニがない。

喫茶店もない。

黒髪町駅でトイレに行こうと思ったのに

駅には申し訳程度の足場があるだけで

トイレも屋根も何もなかった。舐めてたなぁ。

途中、誰でも入れるような

よく分からない市民公民館みたいな

建物があったので助かった。


建物と建物の隙間みたいな道を20分歩いて

熊本大学内、五高記念館。

大学の入試の日だったようで

中庭でご飯を食べてる高校生たちがいた。

五高は漱石先生が教鞭をとってた場所。

今年の初めに、漱石先生の熊本時代を描いた

ドラマがあって、その撮影でも使われた。

だから漱石先生の時代は知らないけど

見覚えのある場所で

予想外にロケ地巡りができてしまった。

教室の復元もあり、当時の机と椅子が

並べられてるのがやばかった。

1人だったので小声でずっと

うわー!うわー!!って言いながら

写真を撮った。(建物内撮影可)

夏目教授の受持ち授業時間の記録や

試験勉強の資料など

見たことないものも多かった。

いま朝ドラやってる小泉八雲も

五高所縁の人物なので色々展示されてて

朝ドラ観ておけば良かった。



建物の外には漱石先生の銅像がある。

撫でてもらうと頭が良くなる

という迷信があるらしい。

試験に来た学生たちが歩いてる隣で

ちゃんと手の下に頭を突っ込んできた。

漱石先生に撫でてもらえる日が来るとは。



次の目的地、水前寺公園まで徒歩50分。

ここが1番の難所だった。

(一応バスを使う手もあったんだけど…)

足の痛さより何よりも

重いリュックを背負う右肩の痛みが辛くて…

体力は意外と平気だった。

週2日のジョギングでも効果あったらしい。


途中で大きな橋を渡った。

白川という川で、漱石先生の奥さんが

入水自殺未遂をした川がここ。

思ってた以上に大きくて

これは確かに死ねるゎ…。



公園近くのラーメン屋の昼営業が

15時までだったので

なんとかそこまでには辿り着きたくて

熊本城を30分で済ませた甲斐があり

間に合って熊本ラーメンにありつけた。

道中、ほかにお店があったら

寄ろうと思ってたのに

ラーメン屋は一軒もなかった。

濃厚な豚骨で美味しかった。



公園入り口は土産物街になってた。

馬刺しチップスというのが目に入って

なんだこれwと手に取ってたら

「美味しいですよ、それ」

とお店の人に言われたので、まんまと買った。

いきなり団子を売ってる店もあったので

お腹いっぱいだったけど買って食べた。

光石さんが出てたドラマで食べてたから。



水前寺公園の入園料を払って

中のベンチで一休みした。

外人さんが多い。

朝から動きっぱなしだったので

しばらく座って休んだ。



奥の方まで行ったら

公園内から抜けられなくて迷子になり

仕方なく入り口まで戻ってから

漱石先生が3番目に住んでた家へ。

ここの管理人さんは相手の知識に合わせて

解説をしてくれる方で

「夏目漱石を読んだことってありますか?」

と最初に聞かれた。

「5番目の家で飼ってた犬はよく吠えて

漱石が帰ってきた時に襲われて

服をビリビリにされたこともあったんですけど

この家で飼ってた犬は小型で大人しかった」

とか、教えてくれた。

熊本市街には漱石先生が買ってた本屋さんが

まだ残っているらしい。

私が市街の説明にピンと来ないので

「もしかして市街には行かれてないですか?

熊本城から直接、5番目の家に?」

「あ、はい。そのあと五高行って…」

「五高も!わー、ほんとに漱石の……」

と驚かれた。

奥から五高の資料と限定缶バッジを

持ってきてくれた。

特に五高の資料冊子は残部少ないらしくて

頂けてすごく嬉しい。

時間がなくて、5番目の家ほど

ゆっくりできなかったのは残念。



水前寺公園前のバス停からリムジンバスに。

熊本空港には電車で行けないっぽくて

最後の最後で初めてバスに乗った。

乗ってから思い出した。

バスは、酔う。

40分の乗車時間がそこそこ辛かった。

やっぱ徒歩移動で正解だった。

3日間で歩いた歩数は85,000歩ほど。

距離にすると50kmを超える。

間違いなく人生で1番歩いた3日間だった。



今回嬉しかったのは

体調を崩して動けない、ということが

なかったことだ。

ちゃんと行きたいところへ行けて

食べたいものは食べられた。

睡眠時間の確保や食事、水分の摂取など

いつも以上に気をつけたのもあるけど

ちゃんと一人旅ができたことに

とても達成感があった。嬉しい。


あと、光石さんと漱石先生に感謝しかない。

こういう理由がなければ

九州に来ることはなかった。

知らない土地だったけど

2人が色々と書いてくれたり

発言してくれたから

目的を持って楽しく過ごすことができた。

推しは偉大。

改めてそう感じたし

この2人のファンで良かった。

一生忘れられない思い出ができた。