センスは知識からはじまる | ペッターの話

ペッターの話

誰も見てないと思いながら書いてる

センスの良し悪しって

どうしても生まれつきのような

気がしてしまう。

 

例えば言葉のセンスとか。

自分がうまく言い表せない時に

自分が考えもしなかった言葉で

ピタリと状況を言い表されると

センスがあるなぁ、と思ったりする。

 

身近な例だと、最近事務所の隣で

解体工事が行われていた。

やっと解体が終わって更地になり

静かになったと思ったら

ある日突然・・・あれはなんだ。

ボーリング調査?

とにかくバカデカイ重機が登場して

またガガガガとやり始めた。

 

そんな話を経理のおばちゃんにしたら

「ねー、今朝ビックリしちゃった。

恐竜みたいなのがいて」

と表現したのが、私は素敵だと思った。

重機を恐竜とは。

言葉選びのセンスがあるなぁと

非常に感心した。

 

私はファッションセンスも無い。

服屋に行っても何を買えばいいのか

サッパリわからない。

着たい服は?と聞かれたら

紳士用スーツにネクタイなのだが

流石にTPOくらいは弁える。

 

先日、藤岡藤巻の

ブロマイド撮影を担当したが

写真のセンスも皆無だ。

GOROさん達に手伝ってもらわなかったら

何も撮れなかった。

 

 

これらは全て生まれつきのものだろうか?

いや、そうとは限らないんじゃないか?

というのが、この本。

 

 
 
つまり簡単に言うと
センスとは知識の蓄積
ということ。
 
例えば最初の経理のおばちゃんの件。
彼女はお父様が文字書きの仕事をして
私以上に読書家だ。
それに、私よりも長く生きているので
恐らく私とは比べ物にならないくらい
多くの言葉に触れて生きてきたのだと思う。
そうした語彙力の蓄積から
「恐竜みたい」
という表現が出てきたのだろう。
確かに「恐竜」という言葉自体は
難しい単語でもないし私も知っているが
比喩として使う発想は無かった。
 
ファッションセンスについてもそう。
私はセンスが無い以前に
洋服に興味が全くない。
人間を描け、と言われたら
TシャツにGパンか
Yシャツにスラックスの服装しか描けない。
雑誌も読まないし
興味が無いので街行く人々の服装も
全く目に入ってこない。
なのでいざ洋服屋に足を踏み入れた時に
これはどういう服と組み合わせて
どういう時に着る服なのだろう?
と、わからなくなってしまう。
 
写真もそうだ。
GOROさん達は仕事で得た知識があるから
私にアドバイスができるけど
私に写真の知識は全くない。
 
センスが無いと諦める前に
そもそも知識が無いことばかりだったので
この本の内容はなるほどな、と腑に落ちた。
 
 
私が「センスあるね」と言われたのは
藤岡さんからドラムについて
褒めてもらった時だった。
「ドラムの技術はともかくセンスがある。
曲の構成や雰囲気にあわせて
叩くことができる」と。
 
私は昔から音楽を聴くときに
1番聞いているのがドラムの音だ。
こういう曲の時はこういうリズムなのか
飾りにはこういうパターンがあるのか
と思いながら聴いている。
 
確かに、ピアノよりもギターよりも
知識の蓄積がされているのがドラムかも。
そう思うと藤岡さんの言葉にも
納得ができる。
 
あの人のようなセンスが自分には無い
と嘆く前に、まずは知識の蓄積に
目を向けてみようと思った。