高校2年の1年間は
最も地学に傾倒した1年だった。
幼い頃から宇宙や地球科学が好きで
親や祖母が買い与えてくれた本を
ボロボロになるまで眺めていた。
高校2年生の時に理科が選択制になり
ちゃんと専門的に
宇宙や地球科学を勉強できたのが
物凄く嬉しかったのだが
担当の先生が2ヶ月で体調を崩して
1学期は殆ど勉強ができず
2学期からは別の先生が赴任した。
そんな高校2年生の冬。
ノーベル賞で日本人が4人も受賞した。
新聞の一面は受賞者の顔写真が
デカデカと載り
ニュースも連日お祭り騒ぎだった。
その4人のうち1人が益川敏英さん。
小林誠さんとの共同研究で発表した
「小林・益川理論」
でノーベル賞を受賞した。
宇宙や地球は好きだが
私が学んでいたのは
一般教養レベルの地学だったので
完全理系の物理学の話は
サッパリ理解ができなかった。
クォークが4つではなく6つだと
予言したことの凄さが
サッパリわからないし
そもそもクォークって何さ
というレベル、今でも。
連日のニュースや新聞を見て
益川さんに興味を持った。
前述の通り難しい事はわからないので
興味を持ったといっても
研究内容ではなく、人物に。
2ヶ月で学校を去ってしまった
大好きだった地学の先生と
容姿がどことなく似ていたのだ。
新聞を切り抜いて保存したり
テレビに出ていると観たりしていた。
もうあまり詳細には覚えていないが
いわゆる、ファン、みたいな状態だった。
翌年の夏には
たまたまテレビをつけたら
徹子の部屋に出演されていた。
多分、まだ部屋のどこかに
録画したDVDが残っているハズだ。
こちらも内容は一切覚えていないが
面白い人だなー!
と思ったのと
益川先生があまりにキラキラ語るので
物理学への興味が湧いた。
それから12年経ち
テレビを一切観ないし新聞もとらなくなって
益川先生のことはすっかり忘れていた。
先日、たまたま気まぐれに開いた
ネットニュースの見出しに
益川先生の訃報を伝えるものがあり
一気に記憶が呼び覚まされた。
益川先生はいつの間にか
81歳になっていたらしい。
それすらも知らなかった。
っていうか、あれだけ好きだったのに
私は益川先生について何も知らない。
せいぜい、入浴中に
クォークを6種類にしたら良いと閃いた
ということと
英語が大の苦手、というくらいだ。
女子高生の"好き"なんて
そんなもんなんだよな。
そんな程度の"好き"だったけど
私は自分でもビックリするほど
訃報にショックを受けてしまった。
今更ながら、先生について知りたいと思い
本を一冊買ってみた。
色々な本を出されていたが
専門的なことはわからないし
先生について知るのであれば
自伝が一番なのではないか
と思い、この本を選んだ。
新聞で連載されていたのを
まとめたようで
1つ1つのテーマが短く
非常に読みやすい本だった。
どんな子供時代を過ごしたのか
何故物理学の道へ進んだのか
誰に憧れたのか
どうやって小林さんと出会ったのか
他の趣味は何なのか
ノーベル賞を受賞した経緯などが
読みやすく、しかし詳細に書かれていた。
素粒子の話など専門的なことは
私のような文系人間でもわかるよう
簡単に説明をし
わからなくても問題が無いような
文章になっていた。有り難い。
巻末にノーベル賞受賞時の
記念講演の原稿が載っていた。
そういえば当時、英語がダメで
日本語で講演したという話は
聞いた事があったけれど
内容までは知らなかった。
それまで本文で語られていたことと
重複している部分もあり
復習のような感覚で読んでいたが
CP対称性の破れの話が出てきてから
サッパリわからなかった。
読んだ、というより
眺めた、といったほうが正しい。
出てくる記号の読み方すらわからない。
「宿題をやらなかった」
「英語がとにかくダメだった」
こういったエピソードだけ見ると
非常に親近感が湧くが
やっぱりこの人は天才なんだ、と
強く思い知らされた。
カッコイイなぁ。
高校生だった頃の私も
ミーハー気質ではあったが
多分、益川先生にしっかりと
憧れの念を抱いていた。
私は大学で宇宙や地学の勉強を
したいと思ったのだが
物理学も地学も理系大学であり
高校の規定で理系受験に必要な
授業を受けさせてもらえず
ただでさえ数学が大の苦手で
英語は数学以上に苦手の私は
独学や予備校に通うという
選択肢すら考えなかった。
最初から、無理だと諦めてしまった。
それ以降、宇宙の本を
読むこともすっかりやめてしまった。
そんな私に、益川先生の
「あこがれとロマンを持って欲しい」
という言葉が、強く響いた。