読書の目標 | ペッターの話

ペッターの話

誰も見てないと思いながら書いてる

すっかり涼しくなった。

秋といえば、食欲の秋

芸術の秋

そして、読書の秋。

 

たまにTwitterでも

「1ヶ月で本を○○冊読むぞ」

「毎日1冊は本を読むぞ」

などと意気込んでいる人を見る。

学校の宿題でも長期休み中に

「本を○○冊以上読みなさい」

なんていわれたりする。

 

この目標を掲げて

読書を楽しんでいる人には

申し訳ないのだけど

私はこれ、良くないと思う。

 

いや、自分でもこの目標を掲げて

読書をしたことはある。

 

昔から読書は好きだったが

20代前半に好きな作家ができて

ドプッとハマった。

ハマったといっても

活字中毒なんて言うほどじゃない。

読書家からしてみたら

全然読んでない方だ、という

言い訳を先にしておく。

 

ある年の正月、私はSNSで

「今年は本を50冊読むぞ」

と決意表明をした。

50冊という数字に深い意味はない。

ただ、大体年間に読む本が

30~40冊ほどだったので

例年よりも本を読もう、という

それだけで設定した数字だ。

 

それに対してコメントがついた。

「50冊はすごいね!

週に1冊読むくらいのペースだね」

あっ・・・確かに・・・。

具体的に言われると急に

ハードルが高くなった気がする。

1週間に1冊、多趣味な私にとっては

かなりハイペースだ。

 

早々に自信がなくなってきた。

しかし決意表明したからには

もう後には引けない。

目標達成のために色々本を買って

片っ端から読んだ。

 

結局どうなったかというと

途中で疲れてやめてしまい

目標の半分程度で年末を迎えた。

50冊どころか、例年よりも少ない。

 

この目標、何が悪いかというと

まず第一に、目標達成するために

読書しながら気持ちが焦ってしまう。

急いでこの本を読み終わらなきゃ

と思いながら読んでも

内容なんて全く頭に入ってこない。

 

そして、分厚い本や難しい本は

時間がかかるから避けてしまう。

例えば買っておいた東野圭吾や

その頃から興味があった夏目漱石は

1週間じゃ読みきれないので避けて

サラッと読める薄い本にばかり

手が伸びてしまった。

 

あと、半分くらい読んでみて

これは自分には合わない

と思ったときにやめることができない。

せっかく途中まで読んだのに

投げ出してしまったら

1冊としてカウントできずに

時間の無駄になってしまうからだ。

で、適当にページをめくりながら

ただ最後まで文字を目で追って

1冊とカウントする。

 

こんな読書に意味があるだろうか。

途中からそう思い始めて

結局読書自体のモチベーションが

下がってしまった。

 

以上のことより、私は読書の際に

読んだ本の冊数を目標として

設定する事は良くないと思う。

そもそも読書って

何冊読んだからエライとか無いし。

10冊読んで内容を覚えてないより

1冊に深く感動して一生忘れない方が

絶対良い。

もちろん、ハイペースで沢山読んでも

1冊1冊を楽しめるならそれが1番だが

私はそこまで器用じゃなかったって話。

 

それ以来、読んだ本の冊数を

目標として設定するのはやめた。

掲げるなら

「年間10冊は読む」

みたいな、絶対達成できるような

ハードルの低いものだけにした。

 

今年は何冊読んでいるか

まだ数えていないからわからないが

30冊くらいは読んだのではないだろうか。

大好きな夏目漱石の作品を

1ヶ月くらいかけてじっくり読む。

こういう読書の方が私には合ってる。