トランペットの幕切れ | ペッターの話

ペッターの話

誰も見てないと思いながら書いてる

高校3年生の夏、私は口を壊した。

 

野球選手が肩や肘を壊すように

管楽器演奏者も口を壊すことがある。

何故そんなことになってしまったのか。

 

11年前の今頃は、数日後に控えた

定期演奏会の本番に向けて

合宿の最中だっただろう。

この演奏会は1年で最も大事な行事で

3年生にとっては最後の舞台だ。

 

トランペットパートはこのとき

1年生が3人、2年生が1人

そして3年生も私1人だった。

演奏会はアンコール含めて全10曲。

全ての曲の難しいパートを

私と2年生で受け持たなければならない。

休みなく行われる練習に加えて

7月末には野球応援もあり

ハードな日々が続いた。

3年生にあがってからは

最後だという焦りもあり

余計にプレッシャーと負担が

かかっていたのかもしれない。

 

7月に入った頃から

口の調子が悪かったが

合宿の頃には基礎練習すら

ままならない状態になってしまった。

しかし、私の受け持つパートは

メロディや高い音が多い。

容赦なく疲労は蓄積していく。

本番が近づくにつれて

どんどん吹けなくなっていった。

 

せめて本番の数時間だけでも

今まで通り演奏が出来れば・・・!

と淡い期待も抱いていたが

当日の朝、その期待は粉々に砕かれた。

言葉どおり、全く音が出なくなっていた。

普段ならば容易に出せる低い音すら鳴らない。

曲どころかチューニングすら出来ない。

今までのトランペット人生で

間違いなく最悪のコンディションだった。

 

私の口は、完全に壊れてしまった。

 

それでも朝からリハーサルがある。

そして午後には本番がある。

これでもう二度と吹けなくなっても良い

と、最後まで諦めきれず無理をした。

 

本番では半分も演奏出来なかった。

かろうじて、搾り出すように

本来の楽譜のオクターブ下の低い音で

演奏に参加し、残りは楽器を構えて

吹いているフリをしているだけの状態。

 

4曲目に演奏した曲の、とある部分を

友人が好きだと言ってくれた。

滅多にそんなことを言わない子だったので

他を全部捨てて、そこだけに賭けたが

一音も鳴らすことが出来なかった。

演奏が終わって幕間中に

舞台袖で彼女に泣きながら土下座した。

口もメンタルもボロボロだった。

 

アンコール1曲目、最後から2番目の曲は

3年生全員が順番にソロを吹くのが恒例だ。

今まで、先輩達が次々と前に出て

堂々と演奏している大きな背中を

羨望の眼差しで眺めていた。

この年、ソロのトップバッターが私だった。

曲は洋楽の"セプテンバー"。

前奏中に自席から前に出て

歌が始まるところからワンフレーズが

私のソロだった。

 

一音も出なかった。

前に出て、スポットライトを浴びて

メロディが他に誰もいないのに

全く音を出す事が出来なかった。

それまでの8曲でとっくに限界だったのだろう。

どんなに一生懸命、息を吹き込んでも

私の楽器は音楽を奏でることはなかった。

終わったあとに真っ白な頭で

しっかりとお辞儀をし

堂々と笑顔でポーズをキメて

次のソロへバトンタッチしたが

正直、すぐにでもその場から

消え去りたかった。

 

スポットライトに照らされながら見た

目の前の大勢のお客さんが唖然とする

あのときの光景を

今でも思い出して吐きそうになる。

演奏会のDVDは部員全員が持っているが

私は見返す事が出来ない。

CMなどで"セプテンバー"が流れると

反射的に耳を塞ぎたくなる。

 

とはいえ、これは自業自得だ。

トランペットに限らず練習が嫌いで

特に基礎練習が嫌いだった。

結局、自分の力量が追いつかなかっただけ。

このことは自分が1番よく分かっている。

それでも、小学5年生から8年間続けてきた

トランペットの幕切れが

こんな最悪なものなのか、と思うと

悔しくて悲しくて仕方なかった。

 

それ以来、私はトランペットが嫌になった。

自分で楽器を持っているので

部活を引退しても吹ける環境はあったが

触りもせず、部屋の奥にしまいこんだ。

演奏できる楽器の話を振られても

トランペットをあげることは無いし

学生時代の部活の話を振られても

「いや、私は吹けなかったんで」

と必ず断りを入れるようになった。

 

あれから10年以上経ち、とある理由から

現在トランペットを練習している。

これだけの年月が経てば

あの本番以上に吹けなくなっていて

低いドレミすら鳴らない。

最後の記憶の影響もあって

自分が演奏できる未来が全く見えない。

嫌な記憶ばかりが思い出されて

練習も全く楽しくない。

 

それでも、きっかけを与えられたのが

純粋に嬉しかったのと

あんな結末を迎えたトランペットに

良い記憶を上書きできる

チャンスかもしれない、と思った。

 

やっぱり、なんだかんだ言って

私はトランペットが好きみたいだ。

じゃなきゃ、引退したあとも

「ペッター」を名乗り続けたりしない。