ピアノ流通の中心が、新品から中古に代わって長くなりましたが、その品質レベルも格段に高まったと思います。それに伴って、販売現場でのアピールポイントも、メーカーのブランドから、楽器店や工房、そして技術者個人に移行したと感じています。


一般的に中古ピアノは、新品よりも安くなりますが、手の施し具合と実際の品質レベルが高ければ、その価格が新品よりも上であっても、全く問題ないと思います。

新品価格が安いものは、その価格に見合った部品選定や仕上げ加工が施されていますが、修理の現場では、その辺りの修正は何とでもなります。

素性の良いピアノならば、発売当時の値段が安かったとしても、かなりのグレードアップができてしまう訳です。


一方で新品はと言うと、相変わらず工場から出荷されたものをそのまま納品し、調律をしたらお終い😞・・・、という訳です。


自宅のピアノのタッチがイマイチ、先生のピアノみたいな煌めく音が出ない、等と言った長年のフラストレーションが、違う調律師が来途端一気に解決してしまった! という事はよくある話です。

もしもその調律師の、ご自身の工房で修復したピアノがあると知ったら、当然見たいと思うし、誰かに紹介したくなるのではないだろうか?


そして、そのような調律師にとっては、納品後もずっと調律で関わることになる立場から、どこで買っても同じ新品よりも、自身で手掛けた中古の方が遥かに安心だし、自信を持ってお薦めできるはずです。


現場の技術レベルが、一部ではあるが成熟したレベルに近付いている一方で、メーカーはそれに気付かず、いまだ昭和時代の、表情の無いピアノを作り続けているように感じます。

自分の力で、タッチや音色が作れる技術者にとって、新品はとてもつまらないピアノと映っているのではないだろうか?


そのような技術者の、琴線に触れるようなピアノを作らなければ、これから先に続かないのでは? という思いもあって、去年の春に大幅な改良を思い立った訳です。

昨春幸運にも、多くの知識と経験を持つ技術者から助言をいただいて、それを踏まえたピアノが、去年の今頃には出来ているはずでした。

しかし関連する事、気になった事をどんどん反映させようとするので、時間がどんどん押している、というのが今の状態です。

持っているものを小出しにして支持されるほど、自分が高い能力を持ち合わせているとは思っていないないので、やれる事は時間が掛かっても、全てやるしかない、と考えてます。





弦設計というものがあり、今回特に頑張った項目です。これはとても重要な事なのですが、今までは外部の専門家から提供されたものでやってきました。


世界的に一流と言われるメーカーのピアノが、サイズやグレードが違っても、そのメーカーらしい音色であるのは、この弦設計の基本が一定である事が大きな理由です。

言い換えれば、どのような音色のピアノを作りたいのか、この弦設計によってある程度狙いを定める事ができる訳です。


弦の張力は、弦の振動部分の重量で決まるのですが、この計算はExcelを使えば出来ます。

しかし残念な事に、僕はExcelの使い方がイマイチわかりません。使い方がわからないので、「出来ます」ではなく「できるようです」という表現の方が、正しいのかも知れません。


では実際、これらを一本一本計算するのかと言うと、それは絶望的に時間がかかる作業です。


どうしたものか?


前述のように要は重量なので、比重と体積を入力したら、計算してくれるようなものを探せば良いだろう、と言うわけで、そのあたりを踏まえて検索すると、結構良さそうなフォーマットがネット上に転がってました。


芯線部分は割と苦労せずに作る事ができました。

やはり大変だったのは巻線です。比重の違う硬鋼線と銅線それぞれ計算するのは、難しくはないのですが、淡々と続く単純作業がとっても大変で、電卓の押し間違いもあったりで、時々とんでもない数値が出てきて仰天したり、その間違いがどこから始まっているのか、遡って計算し直したりと、なかなか辛抱強さが求められる作業でした。出来た後も検算をしないと、大きな間違いをしてしまいます。

ウチには以前、このような作業を行うためのフォーマットをすぐに作り上げてしまう、大変優秀な社員が居たのですが、僕の力不足が原因で辞めてしまったのが、このような時、特に悔やまれます。


このデータを巻線屋さんに送る訳ですが、実際作ってもらう前に、しっかり検証してもらう必要があります。


実際にピアノを製作する事以上に、そこに至る過程の方が困難だと、常々感じてます。

いずれにしても、これら全ての事を一人の知識でやるには、限界があります。

調律師の方からの助言は、やはり貴重で有り難いものだと、改めて実感しました。


これらの改良を思い立ったのは、多くの調律師からの助言がきっかけです。その助言をもとに時間をかけて調査して作るので、想定通りの製品が出来るはずです。


今後の想定ですが、価格は最低価格を提示し、工場からは第一整音までの状態で出荷します。技術者ご自身の整調・整音技術料を上乗せしたものが、販売価格です。

例えば、ご自身の整調・整音技術料を50万円と言えるなら、それを上乗せしたものが価格となります。

言い換えれば、音づくりができない人には、取り扱う事ができない製品になります。


技術の無さをカモフラージュする為に、幻想的な屁理屈で支持を集める“ファンタジー調律師” と、はっきりと線引きをする事が出来れば、この国のピアノ業界も、なかなか良いものになるのではないかと思います。