こんばんは。

2013年4月1日に、私の「読書ノート」に投稿した、

金子哲雄さんの本「僕の死に方ーエンディングダイアリー500日」

についての感想を新しいテーマ「がん」に再投稿します。


金子哲雄(流通ジャーナリスト)「僕の死に方ーエンディングダイアリー500日」(小学館)を昨日読了しました。「在宅で終末を迎えられてよかったなあ。」と言った彼の言葉(152頁)がいつまでも心に残りました。団塊の世代が高齢化してこれからどんどん亡くなっていきます。施設や病院の数は限られており、嫌でも在宅での最後を考えてみることがこれから必要になります。そういうことを考えてみるのにとてもいい本と思いました。

 この本は私の家内が買った本。「これ読んでみたら」と家内から勧められた本である。互いに本が好きで別々に本を買うが、同じものを買ったということもなく、互いに相手が買った本に興味を示すことはめったにない。私はこの本を読むまで著者の金子さんのことはよく知らなかった。彼は「お買得情報を伝える人」になるという目標を持ち、講演会をこなしているうちに女性週刊誌やTVのワイドショーに出るようになり、「女性の視点、主婦目線」でのコメンテーターとしての地位を築き上げた人で、売れっ子となってからはアイドル並の過密スケジュールをこなす、引っ張りダコの人だったらしい。彼の本を読んで初めてそういうことを知った。

 彼の病名は肺腫瘍(カルチノイド)。すでに肝臓や骨に転移し、気管や上大静脈を圧迫しており、顔がむくむ上大静脈症候群を呈していた。ひどい咳が続き、顔のむくみが出現して病院を受診。末期状態で見つかった。診察で、「今死んでもおかしくない。」と言われ、手術・化学療法・放射線治療のいずれも適応がないと言われ、東京のいくつもの大病院で門前払いを受けていたが、大阪のクリニックで血管内治療(IVR)を受けることになり、「正直、これで首の皮一枚つながったと、ほっとした」と。そのIVRを行っているクリニックで「「咳、おつらかったでしょう」と患者の立場になって声をかけてくださった。「人間」として扱ってくれた」と診察時の様子を語っている。(第3章「発病。あふれてしまう涙」84頁より)。

 「末期がんと分かって以降、仕事の喜びが増した。毎回、”この仕事が最後かもしれない”と思って仕事に望む。そう思うとますます、全力で取り組むことができた。仕事ができる喜びを体いっぱいに享受することができた。」(90頁より)と彼は語っています。そう、彼は死ぬ直前まで仕事をしていたのです。本当に仕事ができなくなるまで。

 「”自分、もう死にます。ありがとうございました。”と言いたいところだが、言われた方も心の準備が出来ていないだろうから、かえって困らせることになる。」と友人たちを気遣い、献身的に在宅看取りをしてくれている奥さんを気遣う。「自分は最後まで、自分に正直に生きてきた。濃い人生だった。そのことを誇りに思う。」と言いながら、最後に、自分をこの世に誕生させてくれた両親に「産んでくれてありがとう。」と感謝の言葉を述べ、友人・知人・治療してくれた先生、ファイナルセレモニーを仕切ってくれたセレモニーセンターの社長さん、そして終の棲家となるお寺の住職などに金子さんはお礼を述べています。金子さんは自分がなくなったあと残された奥さんが苦労しないように、公正証書の遺言を残し、葬儀やお墓の準備まですべてを生前に済ませて、直前まで仕事をしながら、亡くなられた。「僕の死に方」という本を残して。こんなに死に際をきれいに演じきった人はおそらくいないのではと思いました。

 あとがきの奥さんの文章を読んでいて涙が出止まりませんでした。この在宅での彼の死は私の理想とする「愛する人に見守られながら自宅で死ぬ」という理想の死に近いと思いました。在宅終末医療は家族が大変だけれど、それだけ家族同士で濃密な最後の時間を共有できると思うのです。

私自身、ガンの手術の経験があり、不整脈からの心不全で死にかけた経験があります。自分の死を意識した状態での人の優しい言葉と辛い言葉を体験しているので、読み続けるのが少しつらかったけれど、彼のその臨終までの道程はとても前向きで、41歳と短かったけれど、立派に生き切ったのではと思いました。みなさんにこの本をおすすめします。




金子哲雄「僕の死に方」