入院してからの8日間は、壮絶でした。



酷く痛がり、何処からこんなに大きな声が出るの?と



思うほど 絶叫するのです。もう、人間の声ではありませんでした。



薬を入れてもらっても、5時間くらいしか持ちません。



そして、私や、母に当たり散らします。他の病室からも苦情が来たり



看護婦さんからは、「患者とご家族の方との信頼関係が無いようです。



よく、話し合って下さい。」と言われました。



そんなことを言われても、今更 告知なんて出来ません!



父は母に お前らなんか、全員ぶち殺してやる 等々



ひどい荒れようで、傍に居られない と電話で言いました。



まさか、あの、無口で滅多に声をたてない父が そんなバカな・・



と思いつつ、病院へ駆けつけると、私の顔を見るなり



大声で、泣きじゃくりながら、まるで子供のように



早く死んでしまえばいいと思ってるんだろ!と言うのです。



この、半年間 家族はみんな どれだけ陰で泣いてきたか



どれだけ、話し合ってきたかわかりません。



病気とは、こういうものでしょうか。こんなに人を変えてしまうのでしょうか。



体中に痛みがあるらしく、寝返りをさせても、痛い!と怒鳴ります。



初めは自分で少しは動かしていましたが、次第に動かさなくなり、



血圧を測るため、腕をちょっと持ち上げただけでも、痛がるように



なりました。そのうち、喋れなくなり、頭や足を使って、合図を送るように



なりました。でも、相変わらずなのは、動物のような吠え声



これだけは、息を引き取る日までずっと、続きました。



亡くなる前の日に、父の大好きな孫(私の息子)がやっと、



飛行機で、かけつけました。時々目を空中にさまよわせ



睨み付けては、何か見えるようで 追い払うように吠えていた父が



入院して初めて、優しい元の父の目で孫を見つめにっこりしました。



そうして、私が、じゃあ、また、明日来るからね。と言うと、



頭を横に振りました。



えっ 来ちゃいけないの?と言うと また頭を横に振ります。



ずっと、居ろってこと?と言うと、頭を縦に振ります。



実は、今まで、一度も、夜は泊まっていませんでした。



暗い病室に父の吠え声を聞きながら、一人で居る勇気がなくて



恐かったんです。でも、この日は、息子に母と一緒に実家へ帰るよう言って



私は、残ろうと思いました。すると、息子も 俺も居ると言いました。



所が、母は、嫌がりました。みんな一緒に帰ろうと言うのです。



母の気持ちとしては、泊まったら、父がそのまま逝ってしまうと



思ったのか、それとも、あの吠え声が恐かったのか 未だに



そのことについて、私も母も語りません 私も聞きません



そして、傍に付いていてあげませんでした。



次の日、父は、もう、目も開けませんでした。呼吸は昨日と違い



荒く、顎でしているようでした。そして、1年前のきょう



午後4時過ぎに 私と母と孫と叔母さんの見守る中



静かに息を引き取りました。



このブログは、父に読んで貰いたくて書きました。



本当に、情けない娘でごめんなさい。



弱虫で、恐くて、父のそばで、一晩もついていて



あげなくて ごめんなさい。



夜、自分一人だけの時に、父が吠えるのも恐かったけど



死んでしまうのがもっと恐かったんです。



いくら、後悔しても遅いけど、勇気を出して傍に



いてあげれば良かった。