.......日記....2006.4月16日(日)
朝、具合悪い。
S氏からの電話。出るか迷った。
1430、集合になった。
具合悪くても、話していたら
良くなってくる。
合唱の事も語った。
少し休んだ。
ゆっくり休んだ。
その後、10枚書いた手紙を渡した。
車の中でも、少し語った。
1920まで。
その後、強風の中、戻ってきた。
自宅に着いてから、
改めてS氏の誕生日デコレーションケ-キを
届けた。入らなくて、玄関に置いた。
S氏が出てきた。
「入りなさい」と言われ、
Mさんと3人で、バ-スディをする事になった。
2220まで。
具合悪くなった。
心が揺れた。
...............
この日の事も、忘れる事はない。
ラ-ラは、いくつもの仮面を
用度によって分けられていた。
師匠ラ-ラの時、気丈。ユ-モア。大胆。完璧。
S氏の店で、気丈、泣いたら店を出る。泣く事禁止。
Mさんと居る時、明るい。
彼と居る時、絶対レイプされた事は言わない事!
こんな感じで。
前日、3美とN子と過ごした事をS氏は知っている。
その時、どんな話をしたか?S氏は気にしている。
もしかして、バラしたのではないか?と。
久比岐野フェスティバル参加すると
安易に言うと、S氏は、治った!!!と
勘違いと勝手な思い込みをされるので、
言う事を躊躇うラ-ラも居た。
だけど、本来、毎年あるステージに
不参加の方が、不自然。
2005年から、吸い取られた心、感情は
悪化にしか進まず、
合唱もピアノも、余力すら無くなっていた。
S氏に呼ばれ、行く余力もない状態だけど
糸魚川では話せないので、上越へ向かった。
昨夜、24時過ぎてN子と3美と
ラ-ラのスタル-ムで語った事、
2人を帰してから
ラ-ラは10枚にも及ぶ手紙を書き、
書いた手紙を渡した。
S氏は、その場で読んで、
全てビリビリ破り捨てる。
毎回の事だけど
(手紙を誰かに見られたら
S氏がレイプした事がバレると言って)
何十時間もかかって書いた手紙を
破られるシ-ンは、心を傷つけた。
糸魚川に戻ってから、
S氏の誕生日用に注文してあった
デコレーションケーキを、
S氏の玄関に置いた。
ドアを開けて玄関に置いて出たのだけど、
呼び鈴しなくても玄関の音はするので、
S氏が出て来て、
既に1Fに降りて去ってるラ-ラに向かって
「ラ-ラ!!! 寄って行きなさい」と
2Fの玄関前から言った。
Mさんが居る時は、
Mさんを喜ばせなさい!! と
S氏に指令されていたので、
Mさんが喜びそうなケ-キを買った事を告げた。
ラ-ラは、家庭の愛とか、
自身の家では、なかなか体感出来ない環境だったので
温かく、賑やかで、愛情たっぷり系の家庭を
見る事が、苦しみになっていた。
いつから? と言われると、
麗裟を殺してから。
だから、子供とか、家庭とか、ファミリとか、
カップルに至るまでの、人の情がある所を
避けていた。
家庭を失ったから、見る事が苦痛、
そう感じて貰えればいいです。
だから、
Mさんがテンションあげて、
「パパちゃんパパちゃん」と、S氏にベタベタする
家庭シ-ンを見る事も辛かった。
ラ-ラにだって麗裟が居たのに、、、と
重ねて失った事にシフトするから。
早く戻りたかった。
22時過ぎるとMさんは休むから、、と
労わられ、ラ-ラは出される。
孤独になると、PTSDが容赦なく襲い、、
具合悪くなった。
ケ-キ用意しろ!と言われたり、
Mさんを喜ばせろ!! と言われたり、
他人の家庭を安堵にする為に、
ラ-ラが動かなければならない状態。
反動は、
自傷、暴食、、。
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