3月22日夜、モスクワ郊外のコンサートホールで、大規模なテロが起きました。

この事件について、『ロシア政治経済ジャーナル』の北野幸伯さんが現時点で得られた情報をまとめてくださっているので、転載します。

(以下転載)

モスクワ郊外のコンサートホールで3月22日夕方、武装集団が観客を銃撃し、133人が死亡しました。このテロについて、「イスラム国」(IS)が犯行声明を出しています。ロシア側の発表では、実行犯4人を含む11人がすでに逮捕されたそうです。

昨日の配信で私は、「三つの可能性」を書きました。

一つは、文字通り「ISの犯行」である。昨日も書きましたが、ISは、プーチンを憎んでいます。

ISは、もともと「反アサド派」にいました。それが2014年6月、イラク第2の都市で油田のあるモスルを陥落させ、シリア、イラクにまたがる広大な領域を支配するようになった。2014年8月、オバマ・アメリカは、IS空爆を開始。しかし、ISはアメリカと同じく「反アサド」なので、本気で空爆できない。

そこに颯爽と登場したのがプーチンです。プーチンの目的は「アサド政権を守ること」ですから、IS殲滅に容赦がありません。2015年9月から、熾烈な空爆を繰り返し、ISに壊滅的な打撃を与えたのです。

まさにロシア軍によって、ISは衰退したのです。それで、ISは、プーチンを憎んでいます。

二つ目は、ウクライナの犯行。しかし、その可能性は、常識的に考えると低いでしょう。なぜか?

ウクライナは、欧米からの支援を受けて戦っています。そして、人権を重視する欧米で、民間人を狙ったテロは、極めて評判が悪いのです。

だから、ウクライナがテロで、ロシアの民間人を意図的に虐殺したとなれば、欧米の政治家も民間人も、「残虐なウクライナ支援をとめろ!」となるでしょう。

反ウクライナ、親ロシア派の人は「そもそも欧米は、ウクライナ支援を止めている。やけっぱちになったのでは?」というかもしれません。確かにアメリカの支援は、トランプ派共和党議員のせいで止まっています。

しかし、欧州は、支援を止めていません。最近も、「ロシア中銀の凍結資産の運用益をウクライナ支援にあてる」という協議がなされています。

『毎日新聞』3月21日。
〈欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会は20日、ロシアのウクライナ侵攻を受けて欧州で凍結された露中央銀行の資産の運用益を、ウクライナ支援の資金に活用する案をまとめ、加盟国へ提案した。

実現すると今年の支援額は最大30億ユーロ(約4930億円)に上るとみられ、9割を軍事支援、1割を復興支援などに充てるとしている。〉

ウクライナが約5000億円を逃すリスクをおかして、テロでロシアの民間人133人を殺すのは、かなり変なことです。

三つめは、ロシアの自作自演説です。
プーチンは3月15日~17日に行われた大統領選挙に圧勝しました。それで、6年間の「フリーハンド」を手に入れた。

彼は、6年間で何をしたいのでしょうか?
言うまでもなく、「ウクライナ戦争に勝利すること」でしょう。
そのために必要なのが、「動員」です。

『テレ朝ニュース』3月22日付。
〈ロシアのショイグ国防相がロシア軍の増強計画を明らかにしました。20万人以上の兵士が追加で必要になるとみられます。

ショイグ国防相は21日、ロシア軍の強化に向けて2つの軍と30の編隊を新設すると発表しました。軍事専門家のユーリ・フョードロフ氏は独立系メディアに対し、この計画の実行には20万人以上の兵士が必要だと指摘しました。〉

ところが、「動員」は、極めて不人気なのです。わかります。誰も、自分の父親、夫、兄弟、息子などが死んでほしくありません。

それで、動員を正当化する「きっかけ」が欲しかった?これが、「陰謀論」の概要になります。

昨日私は、「今後の流れ」について書きました。以下引用。

〈ちょっと仰天な説ですが、もしそうだと仮定するとあり得そうな流れは?

・クレムリンは、「テロは『イスラム国』を装ったウクライナの犯行だ!」と声明を出す。

・「テロに参加していた」とするウクライナ人青年の「自白映像」を世界に配信する。

・これによって、ウクライナの評判を落とし、欧米のウクライナ支援を停止に追い込む。

・一方国内については、「ウクライナ勢力は首都まで迫ってきている」と宣伝、大動員令のきっかけとする。〉

長くなりましたが、ここまでが「昨日」の話です。では、その後、どんな情報が入ってきたのでしょうか?

▼アメリカ諜報はISテロの可能性をプーチンに伝えていたニュースを追っている皆さんなら、ご存知でしょう。アメリカの諜報は、クレムリンに、「ISがモスクワでテロの準備をしているよ」と伝えていました。

『読売新聞オンライン』3月23日。
〈テロに関する情報については、在ロシア米国大使館が7日、モスクワで「コンサートを含む大規模な集会」を標的にしたテロを起こす計画の存在を公表していた。AP通信は、米側が露当局者と情報を共有したと伝えた。〉

これ、どうなのでしょうか?どうも、事実みたいです。というのも、「3月7日にアメリカ大使館がテロについて警告した」という記事が、3月8日付で出ているからです。

たとえば『プロエクティ』3月8日付。出所はこちら。↓
https://www.svoboda.org/a/ssha-i-velikobritaniya-predupredili-ob-ugroze-teraktov-v-moskve/32853076.html

元記事をざっくり訳してみましょう。
〈3月7日夜、在ロシア米国大使館は今後2日間にモスクワでテロ攻撃の脅威があると警告した。

「大使館は、コンサートを含むモスクワの大規模な集会を襲撃する過激派の計画に関する報告を監視している。米国国民は今後48時間、人混みを避けるよう勧告される」と米国大使館のウェブサイトには記載されている。さらに、国務省はロシアへの渡航の危険レベルを最大4に引き上げたとコメルサント紙は指摘した。

英国外務省はウェブサイトに米国の警告を掲載した。金曜朝、ラトビア外務省は同胞に対しロシアへの旅行を控えるよう呼び掛け、またこの国の国民に対してはできるだけ早く国境を離れるか、少なくとも大規模な集会を避けるよう呼び掛けた。金曜日後半には、主に在ロシア米国外交使節団からの情報により、韓国、カナダ、ドイツ、チェコ共和国、スウェーデンも警告に加わった。

ロシア当局はこの情報についてコメントしていない。 3月8日、モスクワでは国際女性デーにちなんだ多くのイベントが計画された。〉

3月8日付の記事が残っている。つまり、アメリカは、確かにロシア政府に「大きなテロの準備が行われていること」を警告していたのです。そして、イギリス、ラトビア、韓国、カナダ、ドイツ、チェコ、スウェーデンがこの警告を真剣に受け止め、自国民に注意を促していました。

ところが、48時間、つまり3月8日、9日にテロは起きなかった。テロリストたちは、「まずい!計画がばれてるぞ!」と驚いて、計画を中止した?

さて、この警告に対するプーチンのリアクションはどうだったのでしょうか?こちらも、現地新聞に載っています。

『タス通信』3月19日付。出所はこちら↓
https://tass.ru/politika/20283597?ysclid=lu4nhmokrv782069863
ざっくり訳してみましょう。

〈『プーチン大統領、ロシアでのテロの可能性に関する西側の発言を脅迫だと非難』
ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は、ロシア連邦におけるテロの可能性に関する西側諸国の発言は完全な脅迫だと非難した。

FSB理事会で国家元首は、「ロシアにおけるテロ攻撃の可能性について、西側の多くの政府機関が最近挑発的な発言をしたこと」を回想した。 「これはすべてあからさまな脅迫であり、社会を脅迫して不安定化させようとする意図に似ている」とプーチン大統領は確信している。〉

ここからわかるのは、

・アメリカは、ロシアに、「モスクワでのテロ準備が進められているよ」と警告した。

・しかし、予告された3月8日、9日にテロは起きなかった。

・テロリストたちは、計画がばれていることがわかり、日程を変更した?

・プーチンは3月18日、この警告について、西側諸国を非難していたということです。

「アメリカは、クレムリンに、テロの可能性を警告していた」これが一つ目の重要なファクターです。

▼結局プーチンは、「ウクライナの仕業」にしたい

さて、プーチンは、このテロの後どう動いたのでしょうか?私は昨日、こんなことを書きました。以下、引用。

〈「動員のきっかけ」にするのなら、やはり「イスラム国」の犯行ではダメで、「ウクライナの犯行」とする必要があるでしょう。〉想定通りの動きにでてきました。

『読売新聞オンライン』3月23日。
〈プーチン氏は23日の演説で、容疑者らが「ウクライナに向けて逃亡しようとした」と指摘し、「ウクライナとの国境を越えるための『窓口』が用意されていた」と述べた。ウクライナ側がテロに関与した可能性を示唆するかのような主張を展開した。〉

アメリカ諜報が警告していたということは、実際にISの犯行なのかもしれません。

しかし、それを認めてしまうと、警告自体を非難し、テロを許してしまったプーチンは、かなり「間抜け」になってしまいます。無理やりにでも「ウクライナのせいにしてしまおう」ということなのでしょう。

既述のように、ウクライナが墓穴を掘るようなテロをする可能性は低いでしょう。プーチンが何をいっても、外国で信じてもらえる可能性は低いです。(@とはいえ、日本でも、「ウクライナ説」を流布する人たちがでてくるはずです。)

それでもプーチン的には、国内での権威を維持できればいいということでしょう。そして、このテロをウクライナのせいにすることで、「さらなる動員」に向かうことができます。

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