ウクライナのカホフカダムが決壊し、重大な被害が出ています。

調査はこれからですが、誰がこのダムを破壊したのか。ロシア政治経済ジャーナル発行者、北野幸伯さんの見解をご紹介します。

(以下引用)

6月6日、ウクライナ・ヘルソン州のカホフカダムが決壊しました。

参考↓
https://www.youtube.com/watch?v=lV_u_JoMRZ4

ゼレンスキー大統領曰く、水没地域にはおよそ80の村や町があるそうです。

なぜ、カホフカダムは決壊したのか?

ウクライナは、「ロシアがやった!」としています。
ロシアは、「ウクライナがやった!」としています。

もう一つ、「決壊の前から、これまでの戦闘でダムは損傷していて、自然に決壊した」という説もあります。

この出来事について、たくさん質問が届きました。お答えします。

まず、この件で、二つのことを強調しておきます。

一つ目。
私の話は、確固たる証拠には基づいていないということです。

トルコのエルドアン大統領が、「国連、トルコ、ウクライナ、ロシアで調査団を組織しよう」と提案しています。真相は、中立的な立場の専門家が調査することで、明らかになるでしょう。

それまでの話は、すべて推測に過ぎません。もちろん、私の話もです。

二つ目。
私は、「ポジショントーク」をしません。

皆さんご存知のように、私はウクライナ戦争に反対しています。そして、善悪論で、国際法違反のこの戦争を批判しています。
勝敗論で、大戦略的ミスを犯したプーチンを批判しています。

だからといって、何でもかんでも「プーチンが悪い」という気はありません。

たとえば、5月3日に起きた「クレムリン・ドローン攻撃事件」。
もし私が、「ポジショントークをする人」であれば、「あれは、プーチンの自作自演だ!」と書いたことでしょう。

しかし私は、「自作自演にしては変なことが多いな」と思ったので、そうは書きませんでした。

この二つの前提を知っていただいた上で、私の個人的な意見を書いていきます。

▼流れで見れば、犯人は・・・・

私の師匠のZ氏は、「偶然は存在しない」と常々語っていました。
カホフカダムの決壊が、人為的に起こされたものであると仮定すると、なんらかの流れの中で起こっているはずです。

今年になってからの流れを見てみましょう。

1月、プーチンは、ゲラシモフ参謀総長をウクライナ特別軍事作戦の総司令官に任命しました。これ、いつもサラっと書いていますが、本当に重要なことです。

ゲラシモフは、ロシアの「ハイブリット戦略」を考案した世界的に有名な戦略家です。一般庶民は知りませんが、世界中の軍幹部は知っています。

2014年3月のクリミア併合。ロシアは、ほぼ無血で、ウクライナから「サクッと」クリミアを奪いました。あれは、まさに「ゲラシモフのおかげだ」とされているのです。

そして、彼はロシア軍の参謀総長。つまりトップ。

そんなゲラシモフが、ウクライナ特別軍事作戦を指揮する。これは、プーチンから見れば、最終兵器投入ということなのです。

プーチンは、ゲラシモフに命じました。
「3月中に、ルガンスク州、ドネツク州を完全制圧せよ!」と。

ルガンスク州は、ゲラシモフが出る前に完全制圧されている。だから、ゲラシモフがやるべきことは、「ドネツク州の半分を制圧すること」だけだったのです。

ところが、3月末になっても、ゲラシモフは、ドネツク州を制圧できませんでした。
なぜか?

ドネツク州バフムトでの戦いが長引いたからです。要するに、ゲラシモフは失敗したのです。

プーチンの最終兵器が失敗した。この衝撃は、大きかったことでしょう。

耐え忍んだウクライナ軍に3月末、欧州から戦車が届くようになりました。
4月末、ゼレンスキーは、「大きな戦いが近づいている」と宣言。
世界は今、ウクライナの反転攻勢に注目しているのです。

ここまでが、大きな流れです。

▼反転攻勢はどこで?

さて、ウクライナ軍はどこで反転攻勢を行うのでしょうか?
考えられるのは、ドネツク州バフムトです。

5月20日、ロシアの民間軍事会社ワグネルの創設者プリゴジンは、
「バフムトを完全制圧した!」と宣言。
ウクライナ軍最大の脅威ワグネルは、バフムトから撤退を開始しました。

プリゴジンは、ロシア軍から武器弾薬が届かないので、嫌気がさして、撤退した可能性が高いです。
ウクライナ軍は、ワグネルがいなくなったバフムトを反転攻勢で取り返しにくるかもしれない。

そして、ウクライナ側に寝返ったロシア兵からなる
「自由ロシア軍団」と「ロシア義勇軍団」
は、ドネツク州の北に位置するロシア領ベルゴロド州を攻撃しています。

こう見ると、「反転攻勢の主戦場は、東部なのかな」と思えます。

しかし、東部の動きは「陽動」で、
「実はクリミアを狙ってくるのではないか?」とも考えられる。なぜ?

プーチンは2000年から2008年、つまり1期目2期目は、本当に人気のある大統領でした。最大の理由は、この期間ロシア経済は、年平均7%の成長をつづけていたからです。

その後、2008年〜2012年まで、メドベージェフ大統領、プーチン首相の時代があった。2012年にプーチンが大統領に返り咲いた時、世界は変わっていました。
何が?

アメリカで起こった「シェール革命」です。原油、天然ガスの供給量が激増し、原油価格が上がらなくなった。必然的に、ロシア経済は、高成長をつづけられなくなったのです。

プーチンはどうしたのか?

2014年3月にクリミアを併合。「歴史的偉業を成し遂げた!」と国民から評価され、支持率は9割まで上がりました。

ところが、大きな副作用もあった。欧米日からの経済制裁で、ロシア経済は、ほとんど成長しなくなったのです。

ロシア経済はボロボロで、プーチンの栄光は過去の物。何も誇れるものはありませんが、一つあります。それが、「クリミアを(ロシア人からいわせると)取り戻したこと」。

では、もしウクライナがクリミアを奪還したらどうなるでしょうか?
そう、プーチンは、「23年やって、一つの実績もない迷惑な独裁者だった!」となってしまう。

ウクライナの反転攻勢、東部は陽動で、真の狙いは南部クリミア? 実際そういう動きがありました。

4月28日の日テレニュース、12分20秒あたりをみてください。ウクライナ軍が、ドニプロ川東側に初めて拠点を築いたという話をしています。

https://www.youtube.com/watch?v=y2o6VM_Xl5k

理解しておかなければならないのは、クリミアはヘルソン州の南にあるということ。だから、クリミアを奪還するためには、まずヘルソン州を攻略する必要がある。そして、ウクライナは、軍をヘルソン州に集結させていた。

ところが、今回のカホフカダム決壊で、ウクライナ軍の南部への反転攻勢は、とても厳しい状況になったのです。

BBC NEWS Japan 6月7日。
<ドニプロ川は、ウクライナ南部では川幅が広い。そのため、ロシアの砲撃やミサイル、さらにはドローン(無人航空機)の攻撃が続く中で川を渡るのは、ウクライナの装甲旅団にとって極めて危険度が高い。

そのうえ、ダムの決壊で下流の広大な土地が浸水したことで、ヘルソン市と反対側のドニプロ川東岸地域には事実上、ウクライナの装甲車両が入れなくなってしまった。>
ーー

しかも、ソ連軍は、過去にナチスドイツの侵攻を止めるために、「ダムを破壊した」歴史的事実があります。

<歴史を振り返ると、ロシアはこの地域で「過去」がある。1941年、当時のソヴィエト連邦はナチス・ドイツの進撃を阻止するため、ドニプロ川のダムを爆破した。それによって発生した洪水では、ソ連の国民数千人が犠牲になったとされる。>(同上)
ーー

今回のダム決壊の結果について、BBCはつづけます。

<ともあれ、いまの状況は、カホフカ・ダムを破壊した人はそれが誰であれ、ウクライナ南部の戦略に関するチェス盤をひっくり返し、双方に多くの大きな調整を強いた状態だと言える。そして、しばらく前から予想されているウクライナの反撃において、次の一手を遅らせる可能性がある。>(同上)
ーー

私の個人的意見は、
「ウクライナ軍のクリミアへの反転攻勢を阻止するために、ロシア軍がカホフカダムを破壊した」
です。

もちろん100%の確信はありません。
エルドアン大統領の提案を、ウクライナ、ロシア双方が受け入れ、国連、トルコ、ウクライナ、ロシアの調査団が組織されることを願います。

▼ロシア説を補強する二つの事実

「ロシアが怪しい説」を補強する二つの事実を挙げておきます。

一つ目は、カホフカダムの水位が、今年2月の14mから急上昇し、決壊直前の6月4日には17.26mまで上がっていた。

出所は、「Lenta.ru」6月6日です。↓
https://lenta.ru/news/2023/06/06/kakhovka_lake/?ysclid=linxastbh1885887362

何が書かれているのでしょうか?

<カホカ貯水池の水位は決壊の直前に上昇した
テイアランド:カホフカ貯水池の水位は、突破直前に17.5メートルまで上昇した
カホフカ水力発電所(HPP)のダムが決壊して浸水する直前、カホフカ貯水池の水位は14メートルから17.5メートルに上昇した。 これは、フランスの監視ポータル Theia-land のデータから判明した。>

グラフもあるので、是非ごらんください。

https://hydroweb.theia-land.fr/collections/hydroweb/L_kakhovka

2月からものすごい勢いで、水位が上がっているのがわかります。そして、水位を上げる命令を出せるのは、カホフカダムを支配しているロシア軍だけ。

なぜ、ロシア軍は、カホフカダムの水位を急上昇させたのでしょう? 決壊(破壊)時の被害をマックスにするため?

二つ目。
5月30日に出されたロシア政府の政令No73の一番最後に興味深い記述があります。

@出所
http://actual.pravo.gov.ru/text.html#pnum=0001202305310067

<10. 2028 年 1 月 1 日まで、戦闘行為、妨害行為、テロの結果発生した危険な生産施設での事故、および水力構造物の事故に関する技術調査は実施されない。>

今回、ダムが決壊した。ロシア側は、「ウクライナがやった!」と断言しています。しかし、政令No873によって、調査(捜査)は行われないのです。

この政令が出されたのは5月30日。つまりカホフカダムが決壊する1週間前です。これは、偶然でしょうか?

というわけで、確たる証拠はないものの、私は、「ロシアがダムを破壊した」と考えています。
動機は、「ウクライナのヘルソン州、クリミアへの反転攻勢を止めるため」です。

きちんと調査が行われ真相が明らかになることを願います。