ピア 人工関節と難病と猫と

ピア 人工関節と難病と猫と

・・・
人工関節の脚、肝臓の難病、慢性疼痛と闘っています。
時々は保護猫出身の愛猫のことも。
人生終盤、余生を悔いなく送りたい。
ブログを綴って、脳の衰えを緩やかに。

すべての命は


幸せになるために生まれてきたんだよ


だれの命も大切に

 

 

 

ゆうべは霧の夜だった


 

名古屋で霧なんか見るのは初めて
といっても霧なんかめったに見たことないけど

運転免許を取って初めて一人で箱根を走った時以来かな
(半世紀以上前だわ)
あの時は、前が全然見えなくて、怖かった…


 

 

 

最近の愛猫ののか
持ち直している

年末年始にかけて
抗生剤やステロイドでひどい下痢をし
抗がん剤で何も食べなくなった

 

同じころ、母の骨折やそのあとの永眠

私はいっぱいいっぱいだった


ののかはもう自然に任せようと

いやがる強制給餌もやめた


そしたら自分で食べるようになった

 

初めのころは、上手に食べられなかったが
最近はけっこう食べる(通常の半分ぐらい)

でも体重はもどらなくて
やっぱり腸が悪いんだな、と思う

なんとか生きて行けるだけの栄養が取れて
あとは本人が快適であればいい
遅かれ早かれ、衰弱して命を終えるのだから


治療で苦しませたから
もう病院も連れて行かず
吐き気止めと便秘薬だけを買って毎日飲ませている

時々気持ち悪そうにしているからハラハラするが


悪い時は声も出せなかったのに
毎朝5時から猫部屋(リビング)で大声で鳴いて私を呼ぶ


私が寝室から出ると、ドアのガラスに伸びあがって「あけて」と催促する



そしてののかを撫でながら、おなかに耳を当てて
ゴロゴロ音を聞くのが私の楽しみ

(耳を当てなきゃわからないいほど小さい)


ダンナは

「ののかを甘やかせすぎ!」

と怒るけれど
猫は甘やかしてなんぼ、じゃない?


来週はののか、風太の誕生日(獣医推定)
それまで生きてくれそう
感謝!

今朝のののか


ついでに風太












 



日・米トップの政治家

私、ニュースも飛ばし読みだし
テレビで顔や声なども拒否反応が出てしまう

なので、彼らのいい所(あれば)も知らないし
すべてを把握していないけど
ため息が出るほどいやになってる


駄々っ子のような自分勝手なDONちゃん
口汚い言葉を発するDONちゃん
嘘ばっかりついてるDONちゃん
お金のことと自慢しかないDONちゃん
イランの子供たちを殺して平気なDONちゃん
平気で人(他国)を脅すDONちゃん

(まだまだあるけど)

混とんの時代、21世紀に降臨したデビルかもしれない
彼に権力という武器を与えた「岩盤支持層」も信じられない


そしてもっと信じられないSANAちゃん

自分があしざまに言っていた「憲法9条」を利用して乗り切り
そのうえ気持ち悪いほどすり寄り媚びる

イランとの首脳会談するとしたら、どんな顔してできるんだろうか?
それともドタキャンで代理かな?



これが彼女が目指す「普通の国」といえるのか
いつになったら成熟した独立国になるんだろうか



日米とも民主国家(のはず)の選挙で選ばれた人たちだから

それでいい、と思いたいけれど
今回ばかりは、支持した人たちに責任取ってもらいたい気分
世界が取り返しのつかない事態になりそうだから

 

 



私の歯…悲しいことにほとんどダメになっている

歯の強さは遺伝だというけれど、2月に101歳で永眠した母は
最後まで入れ歯など無縁だった(少し抜けてたけど)


なのに私は入れ歯も限界、インプラントを数本入れる予定


今日は部分入れ歯の支えになっていた歯がぽっきり折れ
その抜歯だった


待合室で小学生の少年がスマホで猫の画像を見てる


猫飼ってるの?


「うん、2匹いるよ」
「名前はモスと、ロッテ」
(モスバーガーとロッテリア?)

うちにも2匹いるよ
でも、一匹は病気なの
もうすぐ死んじゃうかも


「うちも前の猫は18歳で死んじゃった…」

猫ってかわいいよね~


「うん!すごくかわいいよ」




インプラントのトラブルを聞くから躊躇していたけれど
起こるかどうかわからないトラブルよりは、「生きている今」の快適が大事だと思った


ののかも同じ


ぐったりしている日ももそうでもないときもあるけれど
今は強制給餌も通院もやめて、ストレスを回避し穏やかに暮らしている


 

 

不思議なことに給餌をやめたら
ゴハンをほしがり、少しだけど自分で食べるようになった

ただ、吐き気があるようで、口をくちゃくちゃさせると、私の心臓ドキドキ

 


14歳女の子、リンパ腫、緩和ケアのつもりで見守っている

 

 

 

 




能登和倉温泉の名旅館「加賀屋」
地震のあとずっと閉鎖されていたが、とうとう取り壊されたそうだ

十数年前、母と行った思い出の旅館

 

先日納骨の時に兄嫁に渡した写真は、
その時撮ったとても機嫌のいい顔の写真だった

 

きっと楽しかったんだよね



その時のブログ

 

まだ老眼が進んでなくて、字も料理の写真もが小さいけれど
よかったら読んでください

 

 

 

 

 

 



母の四十九日が過ぎ、昨日は納骨だった

地域が運営する共同墓地なのでお坊さんは呼ばず
兄が前の日に般若心経を祭壇で読経したので、それでいいんだという

罰当たり、とか思う向きもあるかもしれないけれど
特に信心のある家族でないので、私もそれでいいと思う


私の家族は、(ダンナの家と違って)小うるさいことを言う人がおらず気が楽だ
形式よりも、悼む心が大事


帰りに沼津港の寿司屋で昼食



沼津の魚は、何を食べても新鮮で美味しい
すぐそこの市場であがったお魚だもの、本当にパーフェクト!


101歳の母がいなくなったら、残された私たち、気づけばみんな相当の年寄りだった

話題は腰痛、白内障、少なくなる歯
それみんな私に当てはまる…


*****

そして私の愛猫ののか

強制給餌をやめたので、どんどん痩せて3キロを切りそう
でも朝は食べたいらしく「ゴハンください」と鳴く
好きなおやつをほんの少ししか食べられないが

そしてときどき私の部屋にやってきては、お尻ポンポンをせがむ

もう、緩和ケアのつもりで見守っています



ベッドで寝るののか

 

ののちゃ~ん、と呼んでみる

 

 

隣でお付き合いする風太

 

愛しい我が子たちです…


(トランプも妄想だらけだけど、私も相当おかしくなった?)