~わたしがピアノがうまくならなかった理由~
3大クソ問題ドクロ のその①
《楽譜がちゃんと読めていない》について書きたいと思います。
 
わたしが小学校高学年~中学3年生までの大事な期間にピアノが伸びなかった原因…そのうちの一つが楽譜が読めないことでした。
5歳からピアノを始めたのに、読めないまま小学校高学年になるなんてあり得るのか!?って話ですが、、、あるのですゲッソリ

私はピアノを始めた当初、ドレミぐらいしか使ってない曲すら読めず、新しい曲をもらったときに最初に先生が「次の曲は、こんな曲よ~ブルー音符」と模範演奏をしてくれるその瞬間に全神経を集中させて覚えていましたショック

グローバーという教本や、ブルグミュラーはそんな調子でどうにかなってしまいました…。
小学校3年生の発表会で中田喜直さんのエチュードアレグロピンク音符を弾き、4年生の発表会でドビュッシー子供の領分より「グラドゥス・アド・パルナッサム」ピンク音符を弾いたくらいまでは、ギリギリなんとかなっていましたぶー
でもレッスンでひとつの曲が終わって次の曲に進むきに気が進まないというか、やっと楽しく今の曲弾けてるのに、読めない知らない曲になるのやだなぁと思っていた記憶があります。

その頃からツェルニー30番が練習曲として課題になったのですが、これがどうにもこうにも進まず………このあたりから耳で聴いて覚えるのが限界に達し始めました。

毎回のレッスンが、音の間違いやリズムの間違いの指摘で時間を食ってしまい、せっかくのツェルニー30番も、音間違いを直すのに必死で正確にインテンポで弾くことが出来ず、テクニックの練習にならないまま、何ヵ月も同じ曲を弾く……などそれはそれは悲惨な状態でした叫び

先生もわたしが楽譜を読めていないことは分かっていたと思うのですが、若干見捨てられていたのか、「もあいちゃんはソルフェージュ力がないから。。。ねー」とよく言われていました。
ソルフェージュ…とはまさに楽譜を読みとる訓練のことで、記されたリズムを手でたたいたり、初めてみる楽譜を歌ったり、弾いたり、短い曲を聴きとって譜面に書き取ったりする訓練
などがあります。
確かにピアノ教室に通い初めてすぐのころは、レッスン時間内にそのような課題をやっていたのですが、わたしは猛烈に苦手で、先生も呆れてしまったのかいつのまにかソルフェージュの課題の時間がレッスンから消えていたのでした。

わたしは実際には音楽に絶対に必要な基礎の力(ソルフェージュ能力)がないにも関わらず、指はわりと回る方だったのと、音楽的に表現したい気持ちはあったこと、音が綺麗と言われていたことなどによって、そこそこピアノが弾けるように聴こえてしまっていたのです。
そして、ものすごく長い期間練習すれば、それなりには曲が弾けたので、自分では楽しいと感じていたのでした。

ただ、楽譜読めないなぁ、新しい曲やだなぁ、ツェルニーってなんかいやだなぁ。。とうすぼんやり思いながら、効率の悪い練習と、内容の薄いレッスン(先生のせいではなく、わたしのレベルが低かった)を繰返し、それにあまり疑問も感じていませんでした真顔

このうすぼんやりした気持ちや、疑問を感じないあたりは、いずれかく、③番目の問題の「向上心がない」につながる話ですね。

小学校高学年になり、楽譜がよめない=ソルフェージュ能力がない ことが原因となり、いよいよスランプに突入しましたチーン


今レッスンで見て頂いている曲は、
シューマン : 子供の情景 Op 15音符  です。

大好きな曲なので嬉しいです照れ
6月から取り組み始めましたが、月に1度のレッスンなので、昨日のレッスンでようやく7曲(トロイメライ)までみて頂いたところです。

わたしの演奏……和声に弱い(和声の勉強不足)のが出てしまってるそうです滝汗
シューマンは和声大事!そしてポリフォニーも大事!な作曲家ですキラキラ
わたしの苦手な部分の練習にぴったりです笑

音楽的な相性は良好と個人的に思っておりますぶーラブラブ 
以前、パピヨンを 弾いたことがあり、そのときも思ったのですが、シューマンて曲を耳で聴いたときと、弾いてみたときのギャップが結構あるのです。
内声がいりくんでいて意外と弾きにくい!!みたいな箇所が結構あります。
あと、ここでこの音来るのね!という素敵な和音の使い方お願いキラキラ
そういうシューマンらしさを素敵に表現することを目指してがんばります♪(和声に弱いと言われてる時点でだいぶ道のりは遠いぞ………)

シューマンは奥さんが天才ピアニストのクララだったので、クララによる解説や、クララが生徒さんにレッスンしたときの言葉などが残っていてとても勉強になります。クララが作曲家としてのシューマンをとても尊敬していてシューマンの作品を(そしてシューマンのこともラブラブ)とても愛していたことが伝わってきます。

わたしにとってシューマンは大好きな作曲家、そしてクララは憧れのピアニストルンルン
ふたりの想いを感じながら大切に弾きたい曲です。


大学生のころに書いていたブログ…久しぶりに発掘してまた書くことにしました。

きっかけは…ネットでピアノのことを調べているうちに、子どものころピアノを習っていたけれど途中で1度やめて、大人になってからピアノを再開させて頑張っている人のブログ記事を読んだことでした。
大人でピアノを頑張っているたくさんの人のブログ記事に触発され、わたしもピアノの練習での気づき、悩み、楽曲のこと、作曲家のこと、演奏家のこと、自分の夢のこと…書きたいと思います音符

わたしは、幼稚園に通っていたとき、先生がピアノで歌の伴奏をしている姿に憧れて、ピアノを習いたいお願いと思うようになり、5歳でピアノを始めました。
小学校中学年ごろまではそこそこ順調にピアノを楽しんでいました♪
…しかし、今もわたしのピアノ上達の障壁になっているとある問題ゲッソリはその頃すでに明るみになり始めていました💦

その問題とは……
① 楽譜がちゃんと読めていない滝汗
② 調の概念がない滝汗
③ 向上心がないポーン
という3大クソ問題です。
このドクロもあいの3大クソ問題ドクロのそれぞれについてはいつか記事にしたいと思いますが、これら問題により、小学校高学年~中学3年くらいまでのピアノ上達にとてもとても大事な時期に負のループにはまり、あまり上達せずに時間を無駄にしてしまいましたチーン

それでも、ピアノが嫌いになったことはありませんでしたし、レッスンをサボったこともありませんでした。
ただ毎週、音の読み間違いを繰返し、「もあいちゃん、またぁ~~えー?」と先生に言われる残念なレッスンを週に1回、ひたすら何年も繰返していて、小さなころの「毎日ピアノのレッスンに行きたいお願いラブラブ」というあの気持ちはどこいった……!?という日々でした。

そんな状態だったのにも関わらず、ここでピアノから離れたら一生後悔する気がする…!!という謎の感情に突き動かされ、中学3年のときに音大を目指したい旨を先生に相談しました。

……当然、先生はドン引きですアセアセ
もあいの一人目の恩師は困って知り合いの先生に相談をしました。 (書いてて申し訳なさが込み上げてくる…)
その先生に演奏を聴いて頂く機会がめぐってきて、何かしらの伸びしろを見いだして頂き、わたしの二人目の恩師となるその先生の教室へ中3の終わりごろから通うことになりました。

そこからは音大受験のため、身の丈に合わない曲を背伸びして練習する日々がはじまりました。あんなにダメダメだったわたしに毎週エネルギーを注いでレッスンをしてくださった先生には感謝しかありませんえーん
高2のときに音大の講習会でレッスンをして頂いた先生が、三人目の恩師(現在も師事している師匠です…)となり…………

ピアノを弾くのに必要な技術、知識、そしてレパートリーを身につけないまま音大ピアノ科にに合格&入学ポーンアセアセ

音大を目指し始めたころから3大クソ問題ドクロのうちの③向上心がない は解消したものの、相変わらず譜読みに苦労していたわたしは怒濤の音大生活4年間でようやく趣味で弾くにはまぁ困らない程度の読譜力を獲得したのでしたが、まだまだきちんと楽譜を読み、作曲家の意図を理解するという所までたどり着けていませんぐすん

音大での学びは苦しくも幸せな時間だったのですが………
音大での4年間も、実技試験やその他で身の丈に合わない難曲や課題のために背伸びをし続け、本当に自分に必要なこと = 基礎 にじっくりと取り組むことができなかったのです。

音大を卒業するとき、全然自分のピアノの腕に自信が持てませんでした。こんなでは、人前で演奏することはもちろん、人にピアノを教えることもできない…しょんぼり 基礎の部分をちゃんと学んで、身に付けたい!!でも経済的余裕がないから働かないと生活もできないし、レッスン代も払えない。
そういう訳で卒業後は音楽ではない仕事でフルタイムで働き、月に1度レッスンに行く生活を続けてきました。

今の夢はいつか自分のピアノ教室をもつこと照れルンルンです。
全然順調じゃなくても、やっぱりピアノが、音楽が大好きだからラブラブ大好きなピアノや音楽を誰かと分かち合いたいからお願い
そして自分の失敗の経験から学んだことが、誰かが壁を越えるときに役に立ったらいいなぁと思うから流れ星