リトアニアの首都、ヴィルニュスで開催された国際会議は、スワヴェックの親友のヨーナスさんが、実際の主催者であった。
どんな時でも笑顔を絶やさないヨーナスさんだが、ソ連に併合されていた時代の、リトアニア人としての矜持というのだろうか、生粋のロシア嫌いで、スワヴェックとも、お互いに流暢なのであろうロシア語は、決して使わない。
今まで、ラトヴィア、エストニアへ行く度に、途中で一泊する宿を手配してくれたヨーナスさんだったけれど、今回は彼のホームグランドの、リトアニアである。
事前にセクレアリタートから、「白いピアノが、待っています」と主人にメールが来ていたので、チェコでの私の演奏を聴いていて、気を遣ってくれているのだろう、とは思っていたけれど・・。
この学会では、いつもとても美味しいお食事が出るので、ある日わざわざランチタイムに合わせて会場に戻って主人とお食事をしていたら、ヨーナスさん、エストニアから来た二人が、”May we join you ?”と言って、同じテーブルを囲んだ事があった。
美味しいスープを飲み終えて、私がスプーンをスープ皿の向こうに置いて、ふとヨーナスさんを見ると、彼は飲み終えた後のスプーンを、お皿に入れたままであった。
そうか、スプーンはお皿に入れたままなのがマナーかと思いながら、でも今更替えてもなあと思っていると、色々話が弾んでエストニア出身の力士”バルト”の話などをしていて、ふと改めて皆のお皿を見ると、全員のスプーンはお皿の向こう側に置かれていた。
私の態度が、余りに堂々としていたからか、あるいはその上を行って、レディの振る舞いに従うのがマナーだと考えてくれたのか、それはちょっと、愉快な瞬間であった。
レセプションが始まる前、ピアノを見に行ってみると、白い装飾品の様なピアノは食堂の横のロビーに置かれていた。
ヨーナスさんは実に控えめの性格で、最初のスピーチの時も、ワイングラスをスープンで叩いて注目を浴びようとしても、中々喧噪はやみそうにない。
やっと、ドイツのディーターさんが気づいて、グラスが割れそうに大きな音を出して、皆の注目がやっと集まった、という具合である。
食事が終わりかけた頃に、彼が私のもとへやってきて、「ピアノ弾いて貰うのには、良い時間だろうか・・?」と訊いて、またもやグラスを叩いて私の紹介をしてくれたところで、多分殆ど人の耳には入っていなかった事だろうと思う。
それでも、私がショパンのバラード弾き終えて、セクレタリアートのマルゲリータさんがくれた大きな花束と、ヨーナスがくれたリトアニアの美しい写真集は、きっと控えめな彼としては、遠い日本から来た私達に対する、最大の歓迎の気持ちだったのだと思う。
それから一緒に、テーブルを囲んでいたドイツの人達と、暫く音楽談義が続いた。
私が、極東からきた人間ながら、ウィーンの音大を卒業したんだと聞くと、ヨーロッパでもアメリカでも、接してくれる人達の態度が大きく変わる気がする。
さすが、音楽の都、ウィーンである。