幸運の女神 | 還暦過ぎたピアニスト

還暦過ぎたピアニスト

青が好き。色も、響きも、そしてその意味も。若々しい躍動的なイメージがあり、未熟な初々しいイメージもある。「ヨーロッパの赤には、青が一滴」という発想も素敵だと思う。シニアになった今も、できれば青の近くで、楽しみたい・・。

ウィーンに着いたのは、水曜日だった。


翌週の水曜日に、リトアニアで開催される国際会議のレセプションで、私はピアノを弾く事になっていたので、ふと思いたってベーゼンドルファーの事務所へ行ってみた。


ウィーン・フィルの本拠地「楽友協会ホール」と同じ建物の中にあるその事務所には、一時間単位でレンタルするスタジオがある筈だった。


10数年程前に、毎年ウィーンへオペラを観に行っていた頃、当時留学中だったかつての教え子から、ベーゼンドルファーで練習ができるという耳寄りな話を聞いて、何度か通った経験があったのを思い出したからだ。


訪れてみると、「1時間40ユーロで、コンサートグランドのピアノが使えます」と、快い返事。当時は10ユーロだったけどな、と思いながら、空いている時間帯を訊いてみると・・。


練習の事を思い出したのが金曜日の朝だったものだから、「週末にイヴェントがあるので、その準備で今日は使えないのですよ。来週ならば、オーケーですが・・」と、生憎の結果。


日曜日にはポーランドへと移動してしまう旅行者の身には、実に残念なタイミングであった。


急に暇になった私は、ミュージアム・クォーター内のレオポルド美術館へと足を向けた。


前日に訪れた、クリムトが最後に住んでいた家「クリムト・ヴィラ」に、私の好きな「サロメ」という習作のレプリカが大きく飾られていて、オリジナルはレオポルド美術館にある、と聞いたからだった。


処が、当の美術館では「第二次世界大戦、前後の作品」という企画展が大々的に開催されていて、インフォメーションで訊いてみたところ、所蔵品の中のその作品はたまたま展示されていなかったのだった。


色々歩いているうちに空腹を覚えてきて、そうだ友達とよく行っていた「ウィーンの森」という名のレストランへチキンを食べに行こうと、アンナ通りへと向かう事にした。


ケルントナー中央通リを歩いていると、アンナ通りへと曲がる角には、見慣れたお店の、緑と黄色の鶏の絵の看板が見えた。


だが、お店の前に来ると人影も無く、閉じた入口には「店舗をリフレッシュする為に、一時的に閉店します」という札が、張り付けてあったのだった。



その日はどうやら、幸運の女神のご機嫌が斜めだったらしい・・。