前回の続きを書きますので、読んで頂けると嬉しいです。

 

夫の入院生活はとてもストレスが多かったようです。

身体には何本もの管が刺さっています。首から点滴、鼻からチューブ、お腹には4本の管が縫い込まれ、心電図モニターの電極が付けられていました。

トイレやリハビリでベッドを離れるときは、機械付の点滴スタンドを押し、管が抜けないように気を付けながら行くそうです。

看護師さんに何かお願いしても、忙しいのですぐにやってもらえません。ときには忘れられていることもあったようです。

そんな中、ベッドの上でスマホゲームをやることで、なんとかやり過ごしていました。

 

術後の説明で、一般的に成人男性の小腸は5~6メートルあるそうですが、それに対し、残存小腸40センチでどこまで機能するか。また、大腸も半分切除しているので、長さ的にもギリギリです。

夫は血栓を防ぐために、血液をさらさらにする薬を投与されているので、縫合した部分が、上手くくっつくかどうか、心臓の動きも弱いので担当医は心配していました。

そういったこともあり、担当医は様子を見ながら慎重にやっていたようです。

一方夫の方は、入院して1ヶ月間完全絶食状態、水制限、手術後の傷の痛み、体中の管もなかなか取れないのでかなりストレスになっていたようです。

 

11/14栄養ドリンク(エレンタール)を開始

エレンタール300ccを1日かけてゆっくり飲むそうですが、久しぶりに味のあるものを口にして、「超うまい!甘いよ」と感激していました。

 

11/21入院して40日ぶりに固形物に挑戦しました。最初に出たのはゼリーとお茶でした。LINEで写真と「超うまかった!温かいお茶も最高!」と送ってくれて、凄く喜んでいました。

これで上手くいけば、「また一緒に食事が出来るようになるかもしれない」と希望が出てきました。

 

暫くは、エレンタールとゼリー、ヨーグルト、プリンを朝昼晩に分けて食べ、様子をみることになりました。

また、新薬(レベスティブ)注射を自分で打つ練習を始めました。夫はとても注射が嫌いなので、自分のお腹に打つことはとても辛かったと思います。

この新薬は退院後も毎日打つそうです。

でも、着々と退院に向かっているので、「あともう少しの辛抱」と頑張りました。

 

11/23脱水症状と不整脈でかなり危い状態になってしまいました。

経口摂取を開始しましたが、食べたものが直ぐに下痢になって出てしまい脱水状態になってしまいました。

急激に水分が外に出てしまったことで、不整脈も出てしまいました。

かなり大騒ぎになったようです。

夫から話しを聞いてかなり心配しました。2年前に心不全になったとき、普通の人の心臓の動きが70%に対して夫は20%でした。今回大きな手術を3回もやって心臓に相当負担がかかっているので、凄く怖くなりました。

「経口摂取はやっぱり難しいのかな」とちょっと考えてしまいました。

コロナの影響で面会は一切出来ませんし、病院からの連絡も一切ありません。この頃の私は夫の話しに一喜一憂していました。

 

 11/25医者から退院についての話しがあったそうです。

「点滴1L、栄養ドリンク(エレンタール)600cc、食事が摂れれば退院です。」と言われたそうです。このときの夫はエレンタールを飲むのが辛くなっていて、1日300ccがやっとでした。(かなり酷い味なので、300cc飲むのも凄いことです。)

そんなこともあってか、「退院」するための目標を言ってくれたのかも知れません。

エレンタール、ゼリー、プリン、ヨーグルト、全て甘いもので、かなり苦痛になっていました。塩気のあるものが欲しいとお願いして、茶碗蒸しが毎食出るようになったそうです。

 

11/29点滴ポート手術

右の鎖骨のところに点滴ポートを付ける手術をしました。

今まで右首からカテーテルを通して点滴をしていましたが、退院後、自宅で点滴が出来るようにする為のものです。

手術は経験の浅い医者が担当医の指示を受けながらやったそうです。

局所麻酔なので、医師同士のやり取りがはっきり聞こえて、「そうじゃない!違う違う!」などの声を聞いてとても不安になったそうです。首からダラダラと血が流れていて、とても怖かったと話していました。

その手術後、お腹に縫い付けている管も外せました。

 

その頃、食事のレベルも少し上がって、ペースト食に挑戦してみることになりました。

毎食写真をLINEで送ってくれるんですが、赤ちゃんの離乳食をもっと水で伸ばしたようなもので、ほとんど味がしないそうです。

唯一、味が感じられたのが、具なし、とろみ付の味噌汁だそうです。

とにかく、どれも美味しくないので、食欲が出なくて残すことが多かったようです。

この頃には、プリンやヨーグルトなどの甘いものが、嫌になっていたようで残していました。

せめてお粥を出して欲しいと言っていましたが、入院中は一度も出ませんでした。

 

いよいよ退院に向けて、自分で点滴をセットする練習とインスリン注射を打つ練習を開始しました。

腸壊死が始まってから血糖値が上がってしまいインスリンを退院後も打つことになってしまいました。

 

点滴の取り付けは、物覚えの良い夫は一度で覚えたそうです。しかし、自分のお腹に刺すインスリンとレベスティブ注射は、痛いのでなかなか慣れなかったみたいです。

 

いつ退院出来るかも分からず、苦痛の多い入院生活で一人孤独に戦っていました。

そんな夫のイメージに合わせて「ラストエンペラー」を趣味のピアノで弾いてみました。下手な演奏ですが。どうぞ聴いて下さい。