母が認知症対応のグループホームに入居して1週間たった。
今日は追加して持っていく小さな家具と、押印して提出する書類があったので行ってみた。
ちょうど午後のおやつの時間だったようで、ほかの入居者とともに広間でテレビをみていた。食い入るようにみている。内容がわかっているのか、いないのか定かではない。
母の表情は・・・ない。無いに等しい。
認知症の老人によくある顔だとおもってみていた。
来ている服をみたら、わけのわからない重ね着をしていて、これまた「トンチンカン」な状態。
あんなにルッキズムの権化だった母が、もう壊れてしまって戻ることはない。
ふた月に一度、かならずいっていた美容院も、もう必要なさそうだ。
伸びた髪は、施設にくる床屋にカットしてもらえばいい。
心の底から「哀れだな」と思った
美しかった母を、今どうみているのか、一緒に行った弟も、わりに素っ気ない。
施設の方が、しきりに母に何か話しかけて私たちがいることをしらせているようだが
母にはピンと来ないようで、あるいは見ているテレビに集中しているのか
一向に席を立つ気配がないので、「無理によばなくていいですよ」といって
かえってきた。
話を聞く限り、食欲は旺盛で、出されたものはすべてきれいに食べるらしい。
食べる力がある限り、ヒトは死なない。死ねない、ともいう。
トロンとした目つきの先に、何をみているのか、わからないけれど、
母はまだ、生き続けるらしいことは見て取れた
母の余生が
この施設で穏やかにありますように、と願った。
きっと、じきに、孫のことはわからなくなり、そしてワタシのことも、きっと
わからなくなるだろう
最後まで覚えていたい人がだれなのか、わからないけれど
確実におわりにむかっている母の認知機能は、何をみて何を思うのか。
反面教師だと思うので
ワタシは不摂生しまくって、
「たおれても、救急車を呼ぶべからず!」と息子にいいわたし
なるべく確実に、人生を終えたい、と思う。

