ぴーぞうな日々 

ぴーぞうな日々 

もはや還暦というのに、落ち着きも成長もみられません。
猫2匹、息子2匹、実母・・・難あり

いよいよ、我が母の介護時代が到来!

立派なアラカンになりました
魂の夏休みの宿題は、おわるのか?!
宿題なんてものは、さておき
毎日を丁寧に暮らすこと。
毎日いろんなことを面白がってみること。
それをみんなにも面白がってもらえたら
最高です!


母が認知症対応のグループホームに入居して1週間たった。

今日は追加して持っていく小さな家具と、押印して提出する書類があったので行ってみた。

 

ちょうど午後のおやつの時間だったようで、ほかの入居者とともに広間でテレビをみていた。食い入るようにみている。内容がわかっているのか、いないのか定かではない。

 

母の表情は・・・ない。無いに等しい。

認知症の老人によくある顔だとおもってみていた。

来ている服をみたら、わけのわからない重ね着をしていて、これまた「トンチンカン」な状態。

 

あんなにルッキズムの権化だった母が、もう壊れてしまって戻ることはない。

ふた月に一度、かならずいっていた美容院も、もう必要なさそうだ。

伸びた髪は、施設にくる床屋にカットしてもらえばいい。

 

心の底から「哀れだな」と思った

美しかった母を、今どうみているのか、一緒に行った弟も、わりに素っ気ない。

 

施設の方が、しきりに母に何か話しかけて私たちがいることをしらせているようだが

母にはピンと来ないようで、あるいは見ているテレビに集中しているのか

一向に席を立つ気配がないので、「無理によばなくていいですよ」といって

かえってきた。

 

 

話を聞く限り、食欲は旺盛で、出されたものはすべてきれいに食べるらしい。

食べる力がある限り、ヒトは死なない。死ねない、ともいう。

 

トロンとした目つきの先に、何をみているのか、わからないけれど、

母はまだ、生き続けるらしいことは見て取れた

 

母の余生が

この施設で穏やかにありますように、と願った。

きっと、じきに、孫のことはわからなくなり、そしてワタシのことも、きっと

わからなくなるだろう

 

最後まで覚えていたい人がだれなのか、わからないけれど

確実におわりにむかっている母の認知機能は、何をみて何を思うのか。

 

反面教師だと思うので

ワタシは不摂生しまくって、

「たおれても、救急車を呼ぶべからず!」と息子にいいわたし

なるべく確実に、人生を終えたい、と思う。

 

今日は十五夜らしいけど
残念ながら月はすぐに雲に飲まれたみたいに見えなくなった

無月 という言葉があるらしい。

今日のワタシは、ひどいものだった
まず、先週頼まれていた上司への言伝を失念していて、当事者からの念押しで思い出し、慌てて対応した。
結果、特に大事にはならず、ワタシの失態も不問に付されたわけだが、自分の中では「あーー!もう!何やってんだよ」という自己嫌悪と、あえて話しかけてもこない同僚の冷ややかな空気に指先が冷えるのを感じた。

 

他にも色々と一人では判断しにくいことが出てきて、また失敗するのでは?とざわつく心。

ワタシが失敗するのを、同僚が黙ってみているような気にすらなる。そうなると、もう・・・「ねえ、ちょっときいていい?」というような同僚への質問すら憚られて、思考が行き詰まる。

 

と、そこまで考えて、頭を切り替えねば!と思った。

大きく息を吐いて、ほかに聞くあてはあるはず!と、向くべき方向を変えて席を立ち、抱えている質問&疑問を資料ごともって担当部署にいって直接教えを乞い、解決した。

解決だぁーーーー!!!

 

自分の席に戻って、また粛々と仕事していたら、ちょっと前までの、ひたすら悪い方に想像力を働かせて行き詰まっていた時間をなんとか乗り越えたっていうことにほっとした。うっすらぎこちない同僚との間の空気も、どうでもいいか、という気持ちになった。(いや、どうでもよくないから気にしろ、とも思うけど)

 

とにかく、ワタシは失敗するのです。ちょいちょいと。

それが、あまりにも大ごとになることはないから、まるで反省してないみたいにみえるかもしれないけど、‥‥反省してますから!!!

 

『仕事できる人と思われたい』

『仕事できないやつとおもわれたくない』

と、おもっていたこともあったよ、そりゃ。

だって、なにかと周りは「あのひと、こんなこときくのよ。わかりきってるのに。ばかじゃない?」みたいなこと話していて、腹黒いワタシは、あら、いやぁねぇ、なんて同調してきたけど、どっちかっていうと、その「わかりきってること、確認したい派」だから。

聞いちゃう気持ちがわかるのよ、その、わかっていても承認してもらいたい気持ちが。ええ、ええ、ばかなんでしょう、そっちからしたら。・・・と、やさぐれてしまう。

 

自分のうっかりを用心するあまりの行動なんだ。

わかっている。

過信したくない、してはいけないというブレーキがかかる。

故の、わかってても確認してみる、になる。

 

お仕事できる系の、そして批判が口から駄々洩れ系という人のいる部署にきたばっかりに、いらぬ想像が爆走してしまい、自分を追い詰めていた今日。

 

主犯は自分だ。

人の評価を気にしすぎた。

目の前の仕事をただ、片付ければいいだけ。

どんくさいと思われようが、知るか、そんなこと。

ちゃんと締め切りにまにあってるし。残業してないし。

ダイジョウブ、大丈夫。

 

みえない月を美しく想像することは実に風情があってよろしい。

みえない他人のこころは、みないことにするのが一番だな。

焦ってもろくなことにならない。

 

厚い雲の向こう側は、銀色に輝いているのですからね。

きっときれいでしょうね。

 

 

 

 

 

 

母がおかしくなり始めて、去年の夏はエアコンのリモコン操作がわからなくなり、暑い最中に冷房をオフにしてしまったことがあったが、今年はさらになんでもあっためるという・・・

お煎餅の歌舞伎揚をレンチンして、個包装のビニールが焦げて、ボヤでもあったのか?というくらい台所を匂わせた。実際帰宅したときはボヤでもおこしたのかとはっとしたものだった。

そんなことがあって、この夏、母を日中一人で家に置いておくのは無理だと判断して、ショートステイでお世話になってる施設にロングステイしてもらうことにした。

本人は納得せず、イヤイヤだつたが、もう本人の意思なんて忖度してたら家が燃えるか、私が倒れるか、という瀬戸際だった。

 

かなりの長期間で7月から9月いっぱいということであずけたけれど、お盆の期間はちょうど母の受診があって家に引き取っていた。

4泊5日の期間で、里帰りしていた姉、母のことを親のように慕う叔母の前でワタシは普通に、やさしくもなく母に接していた。最初は「あら冷たいんじゃない?」くらいに思われていたかもしれないが、一緒の時間がながくなるにつれ、皆一様に、これは大変だということが理解できたみたいで、母贔屓の叔母をして「これじゃあ、たいへんだよ。家でみるのはむりでしょう」と言わしめた。

 

そんな日々を過ごしていて、ケアマネさんからは「グループホームにはいってはどうか」という提案があった。

ステイで預けている同じ施設が運営しているグループホームに空きが出た、と。

認知症の人向けなので、対応も認知症にはやさしい。

もう、これはこの選択しかない!という気持ちで、早速話をすすめた。

 

グループホームについて、あまり知らなかったが、個室をあてがわれて、食事が出るという、大変ありがたい施設で、母にはピッタリだとおもった。プチ引っ越し並みの労力と準備が必要だったので、入居前日は眠れない勢いで夜中に準備を整えた。

母にしてみれば、迎えが来て、家に帰れるかと思ったらグループホーム行きで、納得しないかなぁと危惧していたけれど、職員さんがひたすら優しいので、なんとなし、受け入れてくれたようだった。

 

母のようすをみるにつけ、哀れだとおもわずにはいられない。

もっと快活なひとだったはずなのに、今はわけのわからない数字を言い募ったり

言葉が出ずに「あれだよ」とかいっていて、本当に不憫だ。

 

しかし、だからと言ってできることはほぼなくて、

だから、記憶にある船の名称などの情報をいただいて、この日はおわった。



7。