10月に入りましたね。
今年の夏は比較的過ごしやすかったおかげか、今年は秋感がありますね。
さてタイトルは「安産祈願って必要あった?」なのですが、今の私はあったと言えます。
16週の時に水天宮に安産祈願に行きました。
死産直後は「何が安産祈願だ」、「する必要なかったじゃないか」、「神様なんていないんだ」と思っていました。
でも思い返してみると私のお産はとてもスムーズだったのかなと思います。
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私の場合朝7時頃に誘発剤を入れて8時38分に息子が産まれました。
助産師さんには「私が何もすることないくらいスムーズだった」と言われました。
お産の間は息子を出してもらうのに私が痛がったので痛がっていなかったらもう少し早かったのかも。
息子を産んだのはちょうど21週の日だったのですが、週数のおかげか私が痛みに強いからか、、。
痛みはあったけど耐えられる痛みではありました。
そんなことを思い出していると
今だからこそ、安産祈願をしたからスムーズにお産ができたのかなと思うようになりました。
(息子が頑張ってくれたっていうのもあると思うけど✨)
前回のブログではあんなにも嫌だった、「またお腹に来てくれるよ」という言葉が前向きに捉えられるようになったことを書きました。
時間が経つと考え方とか感じ方って変わっていきますね。
でも息子を亡くしてからもう少しで5ヶ月が経とうとしている中で、「5ヶ月で前向きに捉えられるようになってきているなんて、自分は薄情なんじゃないか」と思うこともあります。
前向きになったらなったでそんな自分の感情は果たして正解なのか?常人レベルなのか?と問いたくなります。
正解なんて多分ないっていうのは分かっています。
でもなんだかモヤモヤしてしまうんですよね。
人間の感情って難しい、、、。
