



最初に居ついた茶トラの兄弟猫が、まだ親と一緒に周辺に出没する程度だったのは七月でした。
その時、仔猫をやはり四匹連れたもう一家族も同時に出没していました。しかしその家族の中で近寄ってくるのは、三毛の小柄な母猫と一番小さい白黒の仔猫だけでした。
他の仔猫を見ると皆小柄だけど、茶トラ兄弟と比べ一ヶ月以上は早く生まれた様子です。
その内、茶トラ兄弟の母猫が姿を消し、もう一家族も近くの番屋周辺を定住先と決めていたのか、ほとんどこなくなりました。しかし不思議なことに黒チビだけは、親兄弟より茶トラ兄弟と生活することを選び残ったのです。
2ヶ月近く過ぎても、茶トラ兄弟は擦り寄り、撫ぜられたりはしても、野性的で閉じ込められるとパニックを起こし、とても家猫教育の出来る状態でなく、黒チビは相変わらず小さく、全く人とは接触しません。それに少し大人びて無邪気に遊ぶことも少なかったのです。
それでも、茶トラ兄弟が甘えて撫ぜられるのを、近くで自分も喉をゴロゴロ鳴らして見ており、きっとこの頃すでに人に対する信頼感は生まれていたのでしょう。
十月に入り、外猫たちに風邪が流行だし、黒チビも鼻水を出し、目が充血していました。
隙を見て捕まえてみると、予想外に従順で、おとなしく目薬も注させます。そして雄だとばかり思っていたのが初めて雌だとわかったのです。
最初の里子が出るのを待って、風邪がひどくなってきたこの子を家の中に保護して、クーになりました。
その時体重は1400グラムほどしかなく,生後六ヶ月近くの子猫とは思えぬ小ささでした。
クーは、すぐに家猫のルールを覚え、動物病院でもおとなしく治療を受け、仔猫らしく遊びにも夢中になるようになりました。
多くのの猫を見ていると、生まれ持った家猫に適した素質というものがある様に思います。そしてまさしくクーはそんな素質を一杯もった子猫で、猫家から里子に出た二匹目になりました。
都会の高層マンションで、若いけどそれはそれは優しい猫ママと幸せに暮らしています。
またそして、先に紹介した「二匹の仔猫」は、クーの姉妹猫の子です。今通ってくるもう一組の親子の母猫もそうです。結局、クーの他の姉妹は、餌場に来る中でとうとう捕まえられず、避妊出来なかった最後の二匹になりました(今も悪戦苦闘中)。
そして、そんな彼女たちを、私は、クーを懐かしみながら「クーの一族」と呼んでいます。
その時、仔猫をやはり四匹連れたもう一家族も同時に出没していました。しかしその家族の中で近寄ってくるのは、三毛の小柄な母猫と一番小さい白黒の仔猫だけでした。
他の仔猫を見ると皆小柄だけど、茶トラ兄弟と比べ一ヶ月以上は早く生まれた様子です。
その内、茶トラ兄弟の母猫が姿を消し、もう一家族も近くの番屋周辺を定住先と決めていたのか、ほとんどこなくなりました。しかし不思議なことに黒チビだけは、親兄弟より茶トラ兄弟と生活することを選び残ったのです。
2ヶ月近く過ぎても、茶トラ兄弟は擦り寄り、撫ぜられたりはしても、野性的で閉じ込められるとパニックを起こし、とても家猫教育の出来る状態でなく、黒チビは相変わらず小さく、全く人とは接触しません。それに少し大人びて無邪気に遊ぶことも少なかったのです。
それでも、茶トラ兄弟が甘えて撫ぜられるのを、近くで自分も喉をゴロゴロ鳴らして見ており、きっとこの頃すでに人に対する信頼感は生まれていたのでしょう。
十月に入り、外猫たちに風邪が流行だし、黒チビも鼻水を出し、目が充血していました。
隙を見て捕まえてみると、予想外に従順で、おとなしく目薬も注させます。そして雄だとばかり思っていたのが初めて雌だとわかったのです。
最初の里子が出るのを待って、風邪がひどくなってきたこの子を家の中に保護して、クーになりました。
その時体重は1400グラムほどしかなく,生後六ヶ月近くの子猫とは思えぬ小ささでした。
クーは、すぐに家猫のルールを覚え、動物病院でもおとなしく治療を受け、仔猫らしく遊びにも夢中になるようになりました。
多くのの猫を見ていると、生まれ持った家猫に適した素質というものがある様に思います。そしてまさしくクーはそんな素質を一杯もった子猫で、猫家から里子に出た二匹目になりました。
都会の高層マンションで、若いけどそれはそれは優しい猫ママと幸せに暮らしています。
またそして、先に紹介した「二匹の仔猫」は、クーの姉妹猫の子です。今通ってくるもう一組の親子の母猫もそうです。結局、クーの他の姉妹は、餌場に来る中でとうとう捕まえられず、避妊出来なかった最後の二匹になりました(今も悪戦苦闘中)。
そして、そんな彼女たちを、私は、クーを懐かしみながら「クーの一族」と呼んでいます。