このあいだの日曜、ついに主治医の先生から病気の告知があった。

8月に受けていた遺伝子検査の結果がでたと連絡があったのが金曜日。

そのちょっと前に、遺伝子変異だと思われるものが見つかったので、長男の血液も採取したいと言われていた。←8月には、私たち両親と次男の血液だけ提出していたので。

もしかすると健常だと思っていた長男の異常も分かってしまうかもしれない、と言われていたのだけれど、このまま原因不明でモヤモヤするよりは、白黒ハッキリさせたい‼️と思い、かわいそうに親都合で仕事が休めなかったので長男の誕生日に、血液を採取してきた。

この時点で、何かしらの異常があったことは、分かっていただけど、いざ呼ばれるとドキドキした。。

実は、私、この主治医のことがあんまり好きではなく、、「大丈夫よ、お母さん。伸びてきているから。」ばかりで、あまりハッキリしたことを言ってくれない。
自閉症と知的障害の違いが分からず質問しても、また今度、で答えてくれなかったり、、。
まぁ神経内科の先生なので、それは軽度、重度、様々診てきている故のことだとは思うけれど、親としては、自分の子が大事なわけで、情報としてはなんでも取り入れたい。

そんな訳で、なんとなく好きではなかった主治医だけれど、お休みにもかかわらず日曜に告知してくれたことに感謝感謝。

そして今までにはないくらい、丁寧に時間をとって話をしてくれたし、質問にも答えてくれた。

その内容は…
親兄弟にはない、ひとつの遺伝子変異が見つかったというものだった。

丸レッドその遺伝子変異は去年見つかったもの
丸レッド世界にまだ17人しかいない
丸レッド17人みんな歩行獲得、摂食可能
丸レッド17人みんな何かしらの知的障害がある
丸レッド自閉症傾向
丸レッド中耳炎になりやすい

などなど。

簡単に言うと、
現段階では非常に希少な遺伝子変異で、遅かれ早かれ歩けるし食べられるけど、知的には遅れがある、と言う感じ。

2歳5カ月になっても、発語なし、意思疎通もイマイチ。
どう考えても知的な遅れは否めなかったので、往往にして納得。

病気の告知って、ショックを受けるのかなぁなんて思っていたのだけれど、

え!歩けるし、食べれるのびっくり
と、なんとなくポジティブに考えられる自分がいた。

家族4人、病院前の桜を見ながらオヤツを食べて帰宅した。


知的障害がハッキリしたので、これからは声かけ、サインを通して彼とコミュニケーションを取る方法を考えていこう!

この子、なんかおかしいな〜〜と思い始めて約2年。私も強くなったなぁアップアップアップ

悩んだって事実は覆せないし、彼の脳の中をどうこうしてあげられないんだったら、医学の発展を祈りつつ…
なんでこうなったのかなぁ…よりも、
これからどうしていこうかなぁ…
って考えていく方が、前に進めるグッド!
次男の現在のところの病名は、
原因不明の精神運動発達遅滞。

なんとも曖昧な感じで煮え切らない毎日を過ごした。
不安になり、ネット魔になり、、。
悪循環な毎日…
いろんな情報が取れるという今の時代の悪いところ。


今はというと、原因追求したってどうなるものでもないのだから、
ネット検索したり落ち込む暇があったら、子供のために少しでもよい時間を過ごそうって思う。
病名なんかに執着しないで
一緒に遊んだり、笑ったり。
そのほうがどんなに有意義な時間なんだろうって。


そんな中、先週主治医から一本の電話が。

「夏に行った遺伝子検査で、なにかが見つかったようです。お兄ちゃんの血液も採取できないか?」と。
もしかすると、可能性は極めて低いけども、今まで健常だと思っていたお兄ちゃんも障害があると分かってしまうかもしれない…!とのこと。

胸騒ぎがした

でも、やっと、何らかしらの診断がつくのかという期待もあり、お兄ちゃんの血液も採取してきた。

結果は、3カ月ほどはかかりそうとのこと。
でも、これが何か、今までのもやっとしたものをとくカギになるかもしれないし。


忘れかけていた病名に対してのこだわりが、また芽生えてきた。

夏までには何かしらの診断がつくのかな、という期待と不安との気持ちを持ちながらも、、
毎日を笑顔を絶やさずにニコニコ

3月21日
2歳4カ月
はじめの一歩が、見られた記念日ニヤリ




次男には、食べるチカラが極端に弱い。

2歳4カ月の今。
離乳中期+エンシュアと言われる栄養剤を1日250グラムほど飲んでいる。

食事の時間は、ほんとーに苦痛な時間。
昔は、2人で泣きながら。
嫌がるのを押し切って、口の中に押し込んだこともあった。

健常児しか育てたことのなかった私は、人は生まれながらに、食べるチカラを持って生まれてくるものだと思ってた。

小さなうちは、おっぱい大好きで離乳食が進まない子もいる。
うちもその類だと思ってた。

でも、現実は違った…

5カ月から始めた離乳食。
全く食べない。
それどころか、6カ月から通い始めた保育所では哺乳瓶も完全拒否。
水分摂取ができず、夏場はそれだけでお迎えコールが鳴った。
(今思えば、保育所にとって我が子はお荷物でしかなかったから、理由をつけて帰らせたかったのだと思ってしまうけど)

YouTubeを見せながら。
オモチャで気を紛らわせながら。
なんとかして、
歩けなくても、
話せなくても、
せめてご飯だけは食べて欲しい❗️

そう願いながら、毎日過ごした。
あれから約1年。

水分はコップで飲めるように!
食事も時間はかかるけれど、経口でとれている!


彼は話すことはできないから、何を考えているのか分からない。
なぜ食べたくないのか分かってあげられない。

それでも、少しづつ伸びている!

だから、私は絶対に諦めないよ。
一緒に頑張ろう。
大切なものってなんですか?

私の1番大切なものは、「家族の健康」

家族がみんな健康でさえいれば、それで幸せなんじゃない??

かわいくなくたって
かっこよくなくたって
頭がよくなくたって
運動ができなくたって
(多少)お金がなくたって

「当たり前」のありがたみってなかなか気づけないことが多い。

私は、障がいのある子供をもって
「健康、健常」のありがたみを知った。
今までのないものねだりにも気づけた。

もちろん、保育所を追い出されたり、他の子と同じように遊びにいったりできないし、将来を思うと辛いこともある。

まだまだ浮き沈みある日々だけど、
彼の幸せそうな顔を見ると
家族みんながホンワカする。


家族全員が健康に過ごせることこそが、幸せだし、大切なことなのだチョキ

2月3日、お兄ちゃんの保育発表会。

次男を巡り、もとの保育所とのイザコザがあり、昨年5月に急遽転園したお兄ちゃん。
ある意味、親の勝手に巻き込まれた一番の被害者。

人一倍、恥ずかしがり屋でこだわり屋。
やる気スイッチが入るのも遅くって、新しい環境に馴染むのにも時間がかかる。

最初の2カ月は、朝は20分早く出て、2人で公園でひと遊びしてから登園した。
仕事を30分時短拡大し、お迎えも早く行くようにした。
私にできる最大限の彼の心のケアだった。

手のかかる次男のため、3歳からほぼ1人で何でもこなさなければならなくなった。

何かあると、言葉の通じない次男に代わり、私に怒られるお兄ちゃん。

そんなお兄ちゃんの保育発表会。
色んな想いが頭を巡り、終始号泣えーんえーん

もちろん、クラスの中では一番ちっぽけで、声も表情も暗かったけど←人前で何かをやるのがニガテなため
ママは知ってるよニヤリ
こっそりお家でコソ練していたことも。
ドキドキして前夜眠れなかったことも。
緊張のあまり、1年ぶりぐらいのオネショをしたことも。

障がいをもつ人が兄弟にいるって、どんな気持ちなのかな。
私には、全てはわかってあげられないけれど、彼が、この先、不自由や不憫のないように精一杯がんばろう!