実際に行われた実験がもとになってる怖い映画。
ということでリアリティが感じられ、ひきこまれる。
はじめは単なる実験のはずが、マジになってしまうという構造。
一般公募であつめられた人たちが監守と囚人の役にわかれて、そういう状況での心理状態とか行動の実験をするということらしい。
最初のうちは遊び半分でいた参加者たちが、しだいに感情のコントロール不能状態となっていくわけだけれど、案外一線を超えるのは早期におとずれる。
ほんの些細な点から、人権が蹂躙されるということに対して通常の心理状態ではいられなくなってしまう怖さ。
いったん超えたらあとはもうとめどなくエスカレートしてゆく人権侵害。
囚人がわも人権の蹂躙に抵抗する気持ちが抑えられない状態になる。
映画では主人公がそういう抵抗分子的な囚人役で、意外とほかの囚人役のひとたちはそれなりに従順だったから、主人公が不測の自体を引き起こす要因であるわけだけど、この実験が早期に破綻しても終了とならずにさらにエスカレートしてゆくもうひとつの要因に、実は軍人、という人物がまぎれこんでいたことが挙げられる。軍人なので、極限状態をあるていど想定して行動できるので、なにかとこの人だけは冷静にしていて、はみ出そうとする主人公を適切にフォローしたりした結果、かえって実験が内容的に破壊的な局面までもつれてしまったような感じ。
ここらへんが映画を成立させるための構造になってると思う。
サイコサスペンスっていうのかな。
展開が急激にエスカレートして最終的に破綻にむかっていくので、観ていて手に汗にぎる。
状況は特殊な設定をするわけだけど、実験の場ということでもあるし、そういうある意味管理されているはずの場でアンコントロールにおちいってゆく人間性の怖さっていうのはかなり怖いね。
ドイツの映画なので、どうしてもナチの収容所なんかのイメージとだぶる感じもあるので、背筋が寒い。
おたがいがただ与えられただけの役のはずなのに、その役目に忠実であろうとするある種の生真面目さのようなサガが発揮されてしまうと、こんどは感情っていうものはその役目の尊守に血道をあげるように機能してしまう。まるで感情と理論が危険にかみあったマシーンのように見えた。その機械はいったん動き出すと、さらに強力な権力をもってしか止められなくなってしまう!
結局「権力」っていうものは理屈の裏付けをもって完成されてるような面があって、そういう視点からいったん筋が通ってしまうと、人間はいっこの個人であると同時にその機能をまっとうする機械の歯車でしかなくなってしまう恐怖。
実験という、そういうものの縮図が、急速に進行してゆく速さにも恐怖する。
ちょっと考えさせられるタイプの映画でもある。
映画としてはあるていどきっちりエンターテインメント性ももちあわせている造りなので、ただ単にリアリティだけでできているセミドキュメンタリー的なものでもなく、面白く作ってあって、よいと思った。
実験の内容を密かに調査する(?)という目的でまぎれこんでいた軍人さんは、腕にも自信があるので、そういうフィジカル面が一定の冷静さの源泉にもなっていて、実際後半脱獄(!)しようとする過程で監守を格闘技で倒したりするシーンもあったりする。
こういうシーンでも、過剰に格闘技が役立つようには描かれていない。
常に絶対的人数に対する不利があるので、案外思ったとおりには戦えないっていうような描き方もなんだか好きだ。
ここらへんはなんだか当事者にとってみたらけっこう悪夢だね。
よく夢に見るようなあの、追手に思うように勝てないあの悪夢。
たぶん布団が邪魔で手足が思うように動かないことの現れかとも思うけれど、あのいや~な悪夢。
「夜と霧」とかカンボジアの大虐殺について書かれた本の内容をふと思い出した。
悪夢がそのまま現実という状況に背筋が凍った記憶がある。
そういう状況が、ある条件さえそろえばいとも簡単に現実のものとなってしまいそうな危うさを感じて、それも怖いと思う。
歴史から学んでいるから次は大丈夫、とか、そういう問題じゃないように感じた。
だれでも常に持っている人間の心の「機能そのもの」としての危なさの映画。
ということでリアリティが感じられ、ひきこまれる。
はじめは単なる実験のはずが、マジになってしまうという構造。
一般公募であつめられた人たちが監守と囚人の役にわかれて、そういう状況での心理状態とか行動の実験をするということらしい。
最初のうちは遊び半分でいた参加者たちが、しだいに感情のコントロール不能状態となっていくわけだけれど、案外一線を超えるのは早期におとずれる。
ほんの些細な点から、人権が蹂躙されるということに対して通常の心理状態ではいられなくなってしまう怖さ。
いったん超えたらあとはもうとめどなくエスカレートしてゆく人権侵害。
囚人がわも人権の蹂躙に抵抗する気持ちが抑えられない状態になる。
映画では主人公がそういう抵抗分子的な囚人役で、意外とほかの囚人役のひとたちはそれなりに従順だったから、主人公が不測の自体を引き起こす要因であるわけだけど、この実験が早期に破綻しても終了とならずにさらにエスカレートしてゆくもうひとつの要因に、実は軍人、という人物がまぎれこんでいたことが挙げられる。軍人なので、極限状態をあるていど想定して行動できるので、なにかとこの人だけは冷静にしていて、はみ出そうとする主人公を適切にフォローしたりした結果、かえって実験が内容的に破壊的な局面までもつれてしまったような感じ。
ここらへんが映画を成立させるための構造になってると思う。
サイコサスペンスっていうのかな。
展開が急激にエスカレートして最終的に破綻にむかっていくので、観ていて手に汗にぎる。
状況は特殊な設定をするわけだけど、実験の場ということでもあるし、そういうある意味管理されているはずの場でアンコントロールにおちいってゆく人間性の怖さっていうのはかなり怖いね。
ドイツの映画なので、どうしてもナチの収容所なんかのイメージとだぶる感じもあるので、背筋が寒い。
おたがいがただ与えられただけの役のはずなのに、その役目に忠実であろうとするある種の生真面目さのようなサガが発揮されてしまうと、こんどは感情っていうものはその役目の尊守に血道をあげるように機能してしまう。まるで感情と理論が危険にかみあったマシーンのように見えた。その機械はいったん動き出すと、さらに強力な権力をもってしか止められなくなってしまう!
結局「権力」っていうものは理屈の裏付けをもって完成されてるような面があって、そういう視点からいったん筋が通ってしまうと、人間はいっこの個人であると同時にその機能をまっとうする機械の歯車でしかなくなってしまう恐怖。
実験という、そういうものの縮図が、急速に進行してゆく速さにも恐怖する。
ちょっと考えさせられるタイプの映画でもある。
映画としてはあるていどきっちりエンターテインメント性ももちあわせている造りなので、ただ単にリアリティだけでできているセミドキュメンタリー的なものでもなく、面白く作ってあって、よいと思った。
実験の内容を密かに調査する(?)という目的でまぎれこんでいた軍人さんは、腕にも自信があるので、そういうフィジカル面が一定の冷静さの源泉にもなっていて、実際後半脱獄(!)しようとする過程で監守を格闘技で倒したりするシーンもあったりする。
こういうシーンでも、過剰に格闘技が役立つようには描かれていない。
常に絶対的人数に対する不利があるので、案外思ったとおりには戦えないっていうような描き方もなんだか好きだ。
ここらへんはなんだか当事者にとってみたらけっこう悪夢だね。
よく夢に見るようなあの、追手に思うように勝てないあの悪夢。
たぶん布団が邪魔で手足が思うように動かないことの現れかとも思うけれど、あのいや~な悪夢。
「夜と霧」とかカンボジアの大虐殺について書かれた本の内容をふと思い出した。
悪夢がそのまま現実という状況に背筋が凍った記憶がある。
そういう状況が、ある条件さえそろえばいとも簡単に現実のものとなってしまいそうな危うさを感じて、それも怖いと思う。
歴史から学んでいるから次は大丈夫、とか、そういう問題じゃないように感じた。
だれでも常に持っている人間の心の「機能そのもの」としての危なさの映画。