とっても弱~い人たちの点景をオムニバス的に絡みつかせた構造。


知恵遅れな男の走らせる架空の汽車が、この男の目にうつるカラフルで極彩色な時間の止まったかのような「街」のなかをのんびりと走る。

 

黒澤先生の初カラー作品だっていうじゃない。
カラーだってことで、ほんとお馬鹿なくらいカラーにストレートにこだわっていて、すがすがしい。
ほんとにキャラクターを原色と中間色系とでくっきり色分けしてる。
その性格を色で象徴している。
なんともやったもん勝ちな手法だと思う。

 

でもほんと見ていていらいらするくらいの弱者ぶりのバリエーションが語られる。
そのバリエーションもほんといろいろあって、きらきらしてる。
わかるよね?「きらきら」。

 

すごく、皮肉たっぷりな映画。
カラーということでまずカラフルな妄想の絵画に塗りこめられた内向的な部屋から、妄想の汽車が出発する。
その先にひろがる殺伐とした「空き地」に集うカラフルな「弱者」たち。
ひとしきり「ばか」(当時の映画の意図だと思うので、あえてこう表現させていただく)が運転させる汽車がその情景をめぐり、
この男の妄想の一日とともに内向的な弱者たちの映画が終わる。


すべてこの「ばか」の視点を借りてスクリーンに映し出される情景を見ているのがわれわれだってことで、
自分ら自身も少なからずもっている「弱さ」との対峙を迫るような構造になっていて、ここで「ばか」と表現されたキャラクターと見る側も同化する。そのため、差別的な表現(あくまでも表現に必要な表面上の)を超えて映画的力を発揮させるに至る。だれも文句言えない。


差別、差別と忌避するだけじゃなく、みんながもってる気持ちの弱さと強引にまぜっかえしてしまうことでその力量をみせつけてると言える。
避けるのではなくて、正面からきっちり取り扱う姿勢。そう、姿勢が正しい!

すごくマクロな視点(?逆かな?)、というか顕微鏡で見たミジンコの生活って感じ。
イメージがすごく内向的。
キャラクターが人間ではあるけれど、すごく小動物的(笑)。
こういうところがコメディー要素として感じられるんだね。


弱者のバイブル。
極彩色で色分けされた精神のカルテ。

 

哀れみをかけてもいるけれど、それだけじゃなくつきはなしてもいる。
そうした両面のプロセスを混在させることで総体としてすべてを肯定している。というかリアリズムに高めている。
見るものの認識の変化を促す作るがわとしては余裕をもって高い位置からちゃんと作ってる。ベストポジション。

 

ほんとこんなこと書くのもほんとはなんなんだけど、いちおう書くからさ。


それにしても芸術家だよ黒澤先生。