観察
一般的に、兎年と言えば、
跳ねると言うものが連想されます。
相場の格言では、そんな事も言われます。
相場の世界とは関係ありませんけれど、
平場の競争が殆どの業界に於いて
フレモンもはねられるでしょうか?
もう年だから無理かな?
取り分け兎で思い返されるのは、
不思議の国のアリスと言う物語。
あの物語、兎を追いかけて、
穴に落ちて、さらに追いかけて、
魔法犇めく不思議な世界に到達
そんな物語と、映画マトリックスの、
「兎を追え」と言うシーンが重なって、
(これはオマージュ?)
何とも不思議な国への案内人と言う立場が、
外国では兎の役目なのかなと思ったりもします。
日本でもやはり、
兎と言えばお月様とか、因幡の白兎とか、
神話とか神秘なものがくっついています。
世代にもよるのでしょうけれど、
確かセーラームーンの主人公もうさぎちゃん
兎の話はどうも異次元な話が、つきものの様な気もします。
考察
異次元の話と言えば、
最近「異次元の少子化対策」なんて
ワードも出てきているみたいですけれど、
その実、実際に子供の数を増やす方策はとか・・・
平べったい話にばかり目が行っているようです。
実際に出生数が減って、何が困るのかを考えた時に、
生産をして供給力を保ちたい。
日本人の生命と財産
(物理的にも経済的にも、精神的にも…)を守る、
マンパワーが減って行くのが怖い・・・
経済活動を通して、税収を維持またはあげたい
そんなところに帰結しているような気もします。
もっと分解して考えると、其々の仕事を通しての、
無形資産の担い手の棄損が大きいはず。
有形の資産は今のところ、殆どの物は作れるけれど、
サプライチェーンが昨今のグローバル化により、
一部欠損している製品も割と出てきているけれど、
最近の外国の危機的状況により、
円高(1ドル240円のレンジと比べたら倍ぐらい高い)により
日本国内に戻しも出始めているような…
子供が増えたって、更なるテクノロジー化が進み、
昔は100人でしてた事が1人で済むようになれば、
仕事なんか増えないので、社会負担に成るだけの様な…
税金も当然上がらないとやって行けないのは自明
だからと言って、例えばコンピューター内に
ご飯を食べないで、生産をしている事にする
1億人が居る事にしてしまえば、
コンピューターの集計上は、
実際に存在する日本人と合わせて2億人分の
経済活動が有るとも考えられます。
平たく言うと、実際にいる人が300万円分働いら、
300万円コンピューター上の仮想の人間も働いた事にして、
300万円を実際に存在する人間に給付すれば、
gdpも倍に成ります。(現 金持ちが困る)
足りなきゃ何倍にもすればいい話。
でも無形資産の担い手は減り続けるだろうから、
伝統的の物からクリエイティブなものまで、
少ない人数で、供給し続けるするには?
と言う部分をどう考えるのか?
推察
機械化・無機化できる無形資産(仕事の一部)と
最後まで有機的で機械化できない仕事に
分れていって、
後者の度合いが強い担い手と
前者を推進する度合いが強い担い手ほど、
大切にされていく社会に成って行くのが
必然の様な気もします。
今は前者が優位?
洞察
人口=国勢
そういう考え方の人は多い。
テクノロジーが進化するほどに、
人間自体が必要なくなるものですし、
実際今働いている人も多くは
無機的に働いている部分が強いと思います。
高級なアンドロイドと言うのかロボット的です。
勿論人間的な部分はあるにせよ、
仕事の作業的な部分に於いて、
コンピューターが出来る様になれば失業です。
人口10億の国と、人口一億の国を比較して、
国勢にそんなに差はないと思います。
唯一違うとすれば、
平場の競争と言うものが
成立する社会かどうか?
近年では、IT系で平場の競争はあった?
報酬面でも報われやすかったけど、今は…
実際の出生数が増えないのは、
日本に生まれてよかったとか、
日本で子供を産んで、この子に明るい未来
そんなことを思えないような社会が原因だとすれば、
増えないのは必然なので、あきらめた方がいい。
と言うのか、人間味が必要な仕事と、
テクノロジーを進化させる仕事に重点
(所得などの面)を置いた政策をするほどに、
急増しないにせよ、競争と言うものが成立するので、
もっとゆっくり人口減に成れるような気もします。
生まれた時から平場の競争って、
どのぐらい成立しているでしょうか?
異次元の少子化対策を考えた時、
一旦出来上がった固定化を一端崩して…
とか考えても崩すなんて、極端な供給力不足と、
極端に多い需要でもない限り(戦後などの特殊事情)
不可能なんだから、
少子化する事は受け入れて、その上でどうするか?
そこに視点が向かないと、と思うフレモンなのでした。
ウサギさんの
「月に代わってお仕置きよ!」
と言うフレーズが聞こえてきますね。
PS
「共働き」と言うフレーズが出始めたのも1960年代なかごろ?
平場の競争と言うよりはスタートラインに上げるべく、
大学進学が増え始めた時期、
子供の数よりも、
一人に投資と言うのか色んな物や事をかけ、
集中させる方を選び始めた時期の様な気もします。
おそらく少子化と言うものは、競争ができるスタートラインへ、
自分の子供を押し上げる選択から始まっているような気もします。
でも現在では、Aランク以外の大卒資格程度では…と
そんな危機感の様なものを感じたりもしてるんではないでしょうか?
平場の競争は、Aランク卒から始まると言う、観念が強く働いているのではないでしょうか?