「おっちょこちょい」には、
愛される「おっちょこちょい」と、
愛されない「おっちょこちょい」がいると思う。
考察
何が違うのかを考えれば、普段口から出ているフレーズが、
自分中心的なのか、周り中心的かで大きく別れて来ると思う。
(人畜無害な範囲で有れば自分中心でも愛される。例 八部衛など)
「おっちょこちょい」と言う表現で言われる方が、まだ周りの優しさも有ると思う。
愛されようが愛されまいが、間の抜けた事を良く遣る人間である事には変わりはしないけれど、
その間の抜けた事が周りにとって悲劇的な事に繋がる事が多いと思われれば、
立場の様なものを得ていたとしても、分不相応に感じられて、
酷い罵声を浴びせられる事も良く有ると思う。
推察
立場の有る人ほど間の抜けた事を遣ってはいけないし、
敢えて問題提起の為の道化を演じられる余裕すら求められもするものと思う。
「ピエロ」 偽りの愚者を見つける為に
洞察
ただのおっちょこちょいなら、いつも周りの為に、
立場を持っている人でほどもっと大きな周りの事を
おもんぱかったフレーズを口から出していた方が良いだろうし、
本物の道化師を目指しので有れば、
仲間に嫌われても、仲間の問題の提起を
全体の為にしなくてはいけないと思う。
仲間内にとって、笑えない(真剣に考える)
喜劇の舞を踊って一流と言えよう。
洞察②
おっちょこちょいと言われる人に成るか、本物の道化師と言われるのかは、
何かその本人にとって大きな事が起きた後に周りに出されるフレーズが決定づける傾向もある。
何でそんな大きな事に遭遇したのか、
またなんでそういう結果になったのか、更に集まりの問題として何かを言えてこそなので、
どんなフレーズが出て来るのか、多くの人は無意識に聞き耳を立てているので、
おっちょこちょいなだけなら愛される様に、ピエロなら真剣に言えるように努めるべし。
と自分に言い聞かせよう。自戒するばかり。
「それでも人間か?」と言うフレーズ