観察
歯切れが良い事を言っていた人が、
歯切れの悪い話し方をする様になる事が良くある。
奥歯に物が挟まった言い方だとか、モゴモゴして
何を言っているのか分からないとか、はぐらかすとか、歯がゆいとか…
表現が色々ある所を見ると、それだけそういう事を遣ってしまう人がいるのだろう。
考察
最初からモゴモゴしていたらそもそも言われない事でもあるし、
そういう否定的な誹りは基本的に受けないものではあるけれど、
歯切れのいい話をしておいて、立場と言う物を授かった時、
その変貌ぶりを立場を与えた人が見た時、どの様に感じるのだろうか?
喋り方に一々ケチを付ける訳ではないけれど、モゴモゴしてもいいので、
結果を常に示し続ける事が大切なのかもしれない。
刑事コロンボは必ず事件を解決する。
歯切れに良いお話と言う物は、その向こう側にある結果を真近に感じられるからこそ、
立場を与えられ易い性質が有ると考えれば、大切なのは結果と言う事が導き出されもすると思う。
推察
歯切れの良い人が歯切れが悪い話をするに従って、
段々何も解決できなくなってきているのではないかと言う
聞いている人の不安が、色んな誹りの言葉を連れて来るのだと思う。
洞察
だからと言って、歯切れのいい話をまた元の様にしたとしても、
結果が伴わなければ、口先だけとか、ふかしてるんじゃないとか、
言われるものだと思う。
いつでも結果が伴ってこそ、喋り方はどうあれ、
立場と言う物を遣り続けて欲しいと思われるのかもしれない。
モゴモゴするなとか、簡単に言って、批判をする人もいるけれど、
結果を出し続けられたら逆に
批判をした人が損をする様な気もする。
どちらがどちらと言う訳ではないけれど、共に聞いている人(大きな周り)にとって良い結果を
導き出せる話し合いに成って欲しいと思うばかり・・・理想論だけれど綴ってみた。