青春ドラマは、「大人になって行く過程」が大切? | フレモンの「フレーズ」研究ブログ~「人間関係」~口癖・諺・言い回し・つぶやき・言葉・心理。★★目に見えない大切な事★★

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「ネガティブ」過ぎるにも程が有るけれど、薄っぺらな「ポジティブ」は無責任だと思う!言葉が軽いイメージの人が多過ぎる?人は何故そのフレーズを口にするんだろう? フレーズに隠された人の本音 「世の中」的「普通」が大切

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観察
「青春=走る」、青春物のドラマや映画には必ずと言って良いほど、
このスチュエーションは有るだろうけれども、走るには走る理由が必ずあるとも思う。

浜辺を走り、夕日に向かって「バカやろ~」と言うフレーズもあったけれど、
その行動に結びつくまでの過程が無ければいけないとも思う。

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考察
青春自体を考えると必ずと言って良いほど、「仲間」というキーワードがある。

「仲間」との間でおりさなれる複雑極まりない心の動作を昔のドラマや映画は、
走るという動作で最後は綺麗サッパリ忘れる事で解決。

結びつけた部分において、
ドラマの作り手と見る側のものが、一致していたのが素晴らしかったけれど、
今の視聴者は走る=青春とは感じない様な気もする。

涙も青春の一コマだし、何故泣いたかの過程を追って、ドラマは展開されても良くし、
綺麗サッパリ忘れずに、連続性を持ってきていると思う。

喜怒哀楽という感情を表した言葉があるけれど、
昔の作品ほどその表現は極端な傾向がある様な気がする。

しかしまた、この感情の起伏が無ければドラマにはならない。

涙=青春・走=青春、果たしてこの次の動作的キーワードは何かはわからないけれど、
青春という部分を「仲間」との「喜怒哀楽」をどの様に描き、連立させられるかでしかない。
逆に一人だけで青春は語れないし、感情が全くない青春は、あり得ないとも思う。

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推察
仲間との紆余曲折を通して
「大人になって行く心模様」が大切な様な気がする。


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洞察
青春とは多分、それぞれの時代、それぞれの人間を見る側が共感できる様に、
「心が大人になって行く過程を追ったドキュメント」みたいなものだと思う。
このドキュメントをどの様に感じられるのかで、ドラマや映画の評価が変わって来る気もする。

仲間と織りなされる出来事を通して、「大人になって行く部分」が無いドラマほど、
直ぐに飽きられてしまう傾向も感じはするが、そんな事は作り手ならば百も承知の筈。

青春を描くのに、走るとか涙も大切だけれども、「大人になって行く心の動き」、
ここを踏み外しているドラマが最近多いのではないだろうか?