オレのブログが娘に乗っ取られたような感じです。
まあ、気にせんでください。
7月8日
今日は、佐渡・相川・関の方々そしてかいふ発酵とうい酒蔵にとって
記念すべき日です。
生モトで造った“どぶろく”の初荷式の日でした。
現代の酒造りに疑問を感じた一人の男が新潟県を飛び出して
酒造りの基本を学びに武者修行のたびに出た。
とは言え、杜氏まで務めた男が麹造りから酒母造り、米の蒸し方などを
頭を下げて教わるなんつうことは、普通では考えられん。
杜氏にだってプライドがあるから。
でもその男は、自分に素直になることで一から酒造りの基本を
体得していきました。
良い蒸米を出すには
強い麹を造るには
本来の酒母とは何か
とにかく基本に戻って、日本酒造りをやり直しました。
そして、戻ってきて私に教えてくれた事・・・それは
酒造りの工程ひとつひとつには、ちゃんと理由がある
という事でした。
なぜ、米を蒸すのに和釜を使うのんか
なんで、麹造りに一升ずつ小分けにして盛る麹蓋という道具を使うか
なんで、酒母造りにもと擂りという作業が必要なのか
この人が
改めてみると初対面の時に比べて、だいぶふけた様だ。
それもそのはず、大変な苦労を重ねてここまでたどり着いた訳だから。
去年の11月に甘酒の製造販売免許を取り、この4月にどぶろくの免許を取る。
そして約2か月かけてどぶろくを醸し上げ、今日の出荷にこぎ着けた訳です。
と、こんな簡単な言葉ではすまないほど、実際は大きな壁が幾つもあったようです。
今日の初荷出荷式では、
先ずかいふ発酵代表の中村さんがお礼の言葉を述べ
区長さんが祝辞を述べ
次に配送のトラックに40ケースを積み込み
最後万歳三唱をもって送り出しました。
「販売店を代表して万歳やってくれ」と言われ
勢いでやったけど、何を言うたかは覚えとらん。
テレビの取材もあったようです。
戦後途絶えた酒造りを復活させた酒蔵がこの相川・関でウブゴエを上げた事を
伝えてもらいたいものです。
その後、場所を替えて試飲会と言うか宴会の始まり。
どぶろく 寒元(かんもと)を今日初めて口にする
方が殆どのようで、皆さん緊張気味の面持ち。
ビックリの様子でした。
今日7月8日は
佐渡・相川・関集落に日本の伝統文化が復活した日。
祝 生もと造りのどぶろく 寒元 誕生







