SNSを自分がやるようになるなんて
思ってもいなかった。
スマホでさえ使いこなせないし
ネット用語もわからない。
何より、ネット上で見ず知らずの人と
やり取りすることに抵抗があった。
それは私の完全な偏見だけれど
顔もどんな人かもわからない。
嘘があってもわからない。
だから、息子がスマホを持つようになり
急速にSNSにはまり、いろんな人と
やり取りをするのを見て、
大丈夫なんだろうか?
変な人と関わるようにならないか?
不安は尽きなかった。
スマホやパソコンは夜9時までと
約束していた。
始めの頃こそ守っていたが、
話が楽しくなると止められなくなり
夜中でもやるようになり、
何度も注意していた。
リアルの友達とはない
同じ趣味の人や自分に共感してくれる人達
とのやり取りは楽しそうだった。
だけど、ネット上の関係は脆くもある。
それを身をもって体験し、
心を病んでしまった息子。
脆くもあったけど、
救われていた部分もあったと思う。
本当に心配してくれた人もいた。
亡くなった事を知って、お線香をあげに
来てくれた人もいた。
わたしは息子が亡くなってから、
息子の痕跡を探したくて、
SNSを彷徨っている内に
自死遺族の方のTwitterやブログに
たどり着いた。
今私も、SNSで同じ自死遺族の方と
やり取りしたりしている。
ツラい気持ちを吐き出せる場所であり
同じ境遇だからこそ、わかちあえる。
そういう場所がなかったら、
今私はいなかったかもしれない位
救われている。
顔が見えないからと、心配してばかり
いたけれど、もう少し息子を信用して
話をできていたなら、
息子はネット依存にならずに、
上手にネットを活用して
息子の救いになっていただろうか
トラブルがあっても、私がもっと
話を聞いてあげていたなら…
今日もスマホを手にして、
タラレバばかり考える。