ヨーゼフ・アントン・ブルックナー(Joseph Anton Bruckner / 1824年 - 1896年)
没後130年に寄せて、ブルックナー交響曲探訪シリーズを掲載してきました。
総合概説の後、第00番から作曲年順に各交響曲の探訪を進めてきましたが、
曲毎の探訪は既に終わり、今日の記事でいよいよ最終回、総括となります。
あらためてブルックナーの交響曲の一覧をおさらいしましょう。
◉ 交響曲 へ短調(通称 第00番 / 『習作』)- - - 1863年作曲
◉ 交響曲第1番 ハ短調 - - - - - - - - - - - - - 1866年初稿 / 1890-91年大幅改訂
◉ 交響曲ニ短調(通称 第0番 / 『無効 annuliert』)- - - 1869年作曲
◉ 交響曲第2番 ハ短調 - - - 1972年初稿 / 1876年大幅改訂 / 1891-92年細部改訂
◉ 交響曲第3番 ニ短調(『ワーグナー』)
- - - 1873年初稿 / 1876−77年大幅改訂 / 1888-89年大幅改訂
◉ 交響曲第4番 変ホ長調『ロマンティック』- - - 1874年初稿 / 1878-80年大幅改訂
◉ 交響曲第5番 変ロ長調 - - 1875-78年作曲 / 1896年出版に際しての大幅改訂版有り
◉ 交響曲第6番 イ長調 - - - - 1879-81年作曲
◉ 交響曲第7番 ホ長調 - - - - 1881-83年作曲 / 1885年出版に際しての改訂版有り
◉ 交響曲第8番 ハ短調 - - - - 1884-87年作曲 / 1889-90年改訂
◉ 交響曲第9番 ニ短調 - - - - 1887-90年作曲(第3楽章まで完成)
私の概要認識としては、「第00番」「第1番」「第0番」が習作期で、
「第2番」で演奏時間1時間のブルックナーらしい規模に到達して基盤整備ができて、
「第3番」から個性の花が咲いていったと考えています。
「第4番」でかなりスッキリ整理されて和声的で明快な一つの完成の域に到達して、
今度は対位法的な要素を思い切りやってみようとして巨大な「第5番」の迷宮を構築、
そのまた反動でややコンパクトで格好いい「第6番」を作曲、
そして晩年の三大交響曲とも言うべき「第7番」「第8番」「第9番」に進んで行った
と考えると、私としては合点がいくのです。
特に「第7番」の初演の大成功で得た自信は大きかったと想像できます。
そのため、楽器編成を拡大して更なる深淵に近づいた「第8番」や「第9番」を
書くことができたのだと、私は思っています。
これらのブルックナーの交響曲を思い返すと、
『頭(心)の中にあった理想の交響曲像に近づこうとして、何度も何度も挑戦を続けた』
というような感慨を持たれる方は、私だけではないと思います。
若い頃は、『ブルックナーはどの曲も同じようで似ている』と感じてしまい、
マーラーに比べるとあまり興味が湧かなかったのですが、
年を重ねるにつれて心に沁みてくるようになりました。
そして、以前の記事にも書きましたが、ギュンター・ヴァント指揮による来日公演で
「第8番」の壮絶且つ精妙な演奏を目の当たりしたことで、完全に打ちのめされました。
その後に、全曲をしっかり聴くようになりました。
これから、ブルックナーの交響曲を愛好していこうと思っています。
↑ 晩年に手兵ミュンヘン・フィルを鍛え上げて、独特の遅めのテンポでのブルックナーの
演奏会や録音を再三披露してくれたチェリビダッケの「第5番」のCDです。
↑ NHK交響楽団に再三客演して名演を繰り出してくれたまた、
マタチッチもブルックナーを得意としていました。N響を指揮した「第8番」のCDです。
↑ 壮年期から晩年にかけて世界的なブルックナー指揮者として評価が上がって、
日本でも大人気を博したギュンター・ヴァントの「第6番」のCDです。
↑ <ISCM1992ワルシャワ大会>のオープニング・コンサートの指揮者として登場をた舞台が、
私にとって初めてスクロヴァチェフスキの実演に接した機会でした。その頃は、まさか
この指揮者がブルックナー指揮者として世界的な人気を博すようになるとは
思っていませんでしたが、ザールブリュッケン響やミネソタ管での全集の大成功によって、
日本でも大いに人気が上がり、読響やN響でブルックナーの名演を聴かせてくれました。
このCDは読響を指揮しての「第0番」です。



