シリーズ誕生から42年〜<飛来>シリーズ誕生秘話!〜その1 | 松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~

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私の<飛来>シリーズについて再アップしましょう。
私の駆け出し時代の主要シリーズでした。

ニセコアンヌプリゲレンデ風景1

私の20歳台は、音楽活動に邁進する以外では、
スキーに没頭していました。
音楽家以外の受験仲間との縁がきっかけで、
大学進学後にスキー仲間に引き入れられたことから、
私のスキー人生が始りました。

スキーをやってきて良かったことは、
何と言っても「重心の移動とバランス感覚」を
自然に体得できたことが第一に挙げられます。
この事が、作品を書くことにも、指揮をすることにも、
非常に大きな影響をもたらしてくれました。

もう一つが、「生身の身体で自然と向き合う快感」を
知り得ることができたことです。
同じスキー場の同じ斜面でも、日によって、時間によって、
気温・雪温・雪質・風力・風向・日射などの条件は
刻々と変化していきます。
それらに、時に微妙に時に大胆に対処しながら、
ダイレクトに雪面とのコンタクトを全身に感じながら
スキーを(というより自分自身を)滑らせる感覚は、
私を終生虜にし続けるでことしょう。

私をスキーの世界に誘ってくれた友人兄弟が拠点が、
長野県の ”乗鞍高原温泉スキー場” でした。
毎冬、毎週末のように、スキー仲間の誰かが車を出して、
現地に住み着いていた友人宅に合宿状態で泊めていただき、
土日のスキー三昧を満喫したものでした。

夏休みにも、山頂付近の雪渓にスキーを担いで上がれば、
夏スキーを楽しめましたし、スキー場のある辺りには、
滝や牧場やテニスコートもあって、
年間を通じて乗鞍高原にはよく通ったものでした。
まだ中央高速自動車道が全通する以前の話ですから、
今考えると「随分と時間をかけて、
よくもまあ運転したものだ」と思います。

その乗鞍高原を見下ろす雄峰=乗鞍岳の山頂は、
日本で最も手軽の上れる3000メートル峰です。
北アルプスの中で長野と岐阜の県境に位置する火山で、
乗鞍高原から見上げると優美な姿が印象的です。

私も夏に何度か山頂に立ちました。
その友人兄弟に至っては、
山頂小屋で働いていたこともありました。
その山頂付近を訪ねた時の印象が、
私の若き日の作品群=<飛来>シリーズの誕生に、
霊感(インスピレーション)をもたらしてくれました。
この話の続きは明日の記事をお楽しみに!

行く回数・日数こそ激減しましたが、
未だにスキーには魅了され続け、毎年必ず滑っている・・・
好きな事はトコトン継続する事・・・
音楽とスキーというフィールドは、
私の人生の両輪なのかもしれません。

ハイ!ポーズ!