2020年は、楽聖=ルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの

生誕250年にあたりました。

小学校高学年の頃からオーケストラを聴くことに強い興味を持つようになった私に

とって、ベートーヴェンの交響曲の交響曲全曲を聴くことが先ず最初の目標でした。

カラヤン指揮:ベルリン・フィルの来日演奏会で、ベートーヴェンの田園と第5

というプログラムを聴いた時の情景は、まだ脳裏に鮮明に残っています。

そして、一昨日から9曲の交響曲を番号順に探訪しています。

 

写真:第3番 ホグウッド指揮&アカデミー・オブ・エンシェント盤(CD)

 

3回目の今日は《交響曲第3番ニ変ホ長調「英雄」》をご案内します。

上の写真は私の愛聴盤、

ホグウッド指揮 / アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック

による演奏によるCDです。

 

###ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン###
        (1770-1827)
    交響曲第3番 変ホ長調「英雄」作品55

初演:1805年4月7日 アン・デア・ウィーン劇場

(献呈したロブコヴィッツ公の邸宅での非公開初演は前年12月)

 

この交響曲第3番は、第1番や第2番から大きく飛躍を遂げて、

ベートーヴェンが真の個性と独創性を交響曲という分野でも確立したことを

高らかに宣言するような作品になっています。

この頃のベートーヴェンは聴覚の異常が次第に明白になってきた時期で、

精神的に大きな苦難を抱えていました。

1802年10月には有名な「ハイリゲンシュタットの遺書」が書かれました。

そういった苦悩・苦難を克服した成果が、この交響曲第3番「英雄」に

大きく反映されていると考えることもできるでしょう。

また、「英雄」(エロイカ)という呼称や、ナポレオンとの関連性について、

興味深いエピソードが数多くあるようですが、

本稿では音楽そのものを見つめていくことにします。

 

第1楽章=約18分、第2楽章=約15分、第3楽章=約6分、第4楽章=約11分、

全曲合計=約50分という時間的規模は、当時の交響曲の常識的な規模の

約2倍に相当するもので、正に破天荒な交響曲の誕生でした。

音楽そのものが持つ心理的量感や質感の面でも、

ハイドンやモーツァルトの交響曲の影響から脱皮して、

独特の力感や精神的質量感を発散していることに、

皆さんもきっとお気付きになることでしょう。


第1楽章は、冒頭の2回の強奏による序奏(導入)に続いて、

第一主題が走り出します。

変ホ長調ですが、移動ド読みにすると(ドーミドーソドミソド〜)という

分散和音を主体に構成される(つまり跳躍進行が主体となる音の動きによる)

大らかな性格を持つ主題が朗々と奏されます。

第二主題は対照的に順次進行主体のエレガントは性格になっています。

提示部の繰り返しを経た後の展開部から、破天荒な規模の拡大が始まります。

通常、ソナタ形式の展開部を分析的に眺めると、概ね3つかた5つの部分(群)に

分割して説明することができるのですが、この楽章の展開部は、

私流に分析すると11もの群が指摘できるのです。

しかも、展開部の後半には悲しげな表情を湛えた美しい主題(第三主題?)が、

印象的に二度歌われます。この主題は、再現部の後の終結部で再現されます。

そして、通常のソナタ形式の二倍はあろうかという長大な展開部が、

印象的な属音保続音上の音楽(11群)を経て、再現部に回帰します。

そして、第二展開部のように更に立ち上がる終結部に入った後、

展開部で提示された悲しげな主題(第三主題?)が再現され、

そして第一主題を基調とした楽想によって力強く楽章が閉じられます。

私が呼ぶところのベートーヴェン流四部構成ソナタ形式の魅力が、

新しい主題の提示と再現を展開部と終結部に盛り込むという二重構造も併せて、

正に独創性爆発となった画期的な楽章が誕生したと言えるでしょう。

 

第2楽章はハ短調で、第1番と第2番のようなソナタ形式による緩徐楽章ではなく、

深遠な葬送行進曲を第一主題とした独自の構成を採っています。

これもまた極めて独創的な音楽です。

ソーソソー〜と引き摺るように始まる第一主題と、

変ホ長調で提示される柔らかな第二主題の対照が心に滲みます。

その後、ハ長調で始まる中間部が大らかなクライマックスを形作ります。

緩徐楽章のスケールが大きく飛躍した最初の事例と言えるでしょう。

中間部の後、今度はフーガの技法を駆使した展開が始まります。

崇高なまでに気高い展開が厳かに繰り広げられます。

その後に、第一主題と第二主題が再現され、

更に第一主題が息絶えるかのように断片的な弱奏になっていく終結部によって、

この画期的な緩徐楽章は幕を閉じます。

 

第3楽章は変ホ長調で、スケルツォです。

第1番と第2番の第3楽章のような、

舞曲の時代の伝統の形通りの繰り返し記号の置き方に、

オーケストレーションの変更のために繰り返し記号を使わずに二度同じ楽想を書く

といった新機軸を盛り込みながら、軽快はスケルツォ楽章は颯爽と走ります。

中間部(トリオ)では、3本のホルンによる主題が印象的な主役を務めます。

ハイドンやモーツァルトの時代にはホルンは2本、

後に拡大された二管編成ではホルンのみ4本、用いられますが、

この曲では異例の3本という楽器編成が採用されていますが、

正にこのトリオの主題のためであったことが伺われます。

 

第4楽章も独創的な音楽になっています。

ロンドでもソナタ形式でも無い、ベートーヴェン・オリジナルの終楽章です。

嵐のような序奏〜変奏曲主題提示〜第一変奏〜第二変奏〜第三変奏と、

次第のヴォルテージを上げた後、

変奏曲主題に基づく音型(ドー↑ソー↓ソー↑ド―ミレドシレド〜)

をテーマとしたフーガ的発展で厳かなクライマックスを築きます。

そして、第四変奏〜第五変奏(短調に変身してかなり変容)〜第六変奏と続き、

今度は先程の音型の反行型(上下逆さま)の音型

(ド―↓ソー↑ソー↓ド―ラシドレシド〜)をテーマとしたフーガ的発展が、

再び高らかで厳かなクライマックスを形成します。

ここで一旦クールダウンして、ゆっくりと進む音楽に落ち着きますが、

よく聴くと第七変奏〜第八変奏〜第九変奏と聴き取ることができます。

そして、冒頭の嵐のような序奏が回帰した後、

変奏曲主題に基づく華やかな終結部が一気呵成に走り抜けて、全曲を閉じます。

序奏+主題〜3変奏〜フーガ的発展1〜3変奏〜フーガ的発展2〜3変奏

〜序奏+終結部、という前後対照(シンメトリー)な構成による、

正しくベートーヴェン・オリジナルな、交響曲の終楽章の新たな可能性を開拓した、見事な独創性を湛えた第4楽章と言えましょう。

 

とにかく、凄い交響曲が誕生した訳です。"楽聖"ベートーヴェンの本領発揮は

この"エロイカ"から始まったと言っても過言ではないでしょう。

 

写真:第3番 フルトヴェングラー指揮&ウィーン・フィルハーモニー盤(LP)