音楽家・作曲家への道のり第一歩は、
まず、音楽通・音楽愛好家になることです。
好きで好きでたまらない音楽を聴き抜いて、調べ抜いて、
楽しみ尽くす心をなくして、プロにはなれません。

私は、折りに触れて、現代音楽の作曲家の仲間や知人と、
一献ご一緒することがあります。
時には、古今東西の作曲家の書いた
「交響曲第#番」の中で、
最高傑作はどれだろうか・・・といった話題で、
何時間も話が尽きないこともあります。

何だかマニアックだなあと思われるかもしれまえんが、
考えてみれば、車の話題、スポーツの話題、歴史の話題、
建築の話題、鉄道の話題、等々
好事家が集まっての談義がそれぞれにマニアックな訳です。

では、あらためて皆さんにも話題を提起しましょう!
「貴方の交響曲第5番ベスト・ワンは誰の作品ですか?」
マニアックな答えがある方は、
是非メッセージをお寄せください。

ご参考までに、私なりの考察を披露しておきましょう。

ベートーヴェンの第5番は、
いきなり大本命の登場といった感があります。
俗楽である交響曲に教会音楽の楽器=トロンボーンを
初めて導入した力強い響き、動機労作を徹底させた
構造・構成の確固たる存在感・・・
クラシック音楽の代名詞とさえ言える名曲中の名曲です。

シューベルトの第5番は、
日本では滅多に演奏されませんが、
ヨーロッパでは地方都市の小規模なオーケストラ等で、
結構演奏されているようです。

メンデルスゾーンの第5番「宗教改革」は、
日本では滅多に演奏されませんが、なかなかの佳曲です。

チャイコフスキーの第5番は、ファンの多い名曲でしょう。
所謂3大交響曲(4~6番)の中核を成す、
貫録充分の作品です。
第一楽章冒頭の序奏のテーマが言わば循環統一主題
のような役割を全曲にわたって演じながら、
最後の終楽章で長調となって堂々と回帰して
コーダで更に高らかに謳われるという構成は、
聴き手を知らず知らずのうちに興奮の境地へ誘います。

ブルックナーの第5番も、
なかなかの存在感を放出しています。
所謂ブルックナー・ファンの間で評価の高い作品です。
この作曲家の後年の大作の基盤が、
この作品の中にも見て取れると思います。

マーラーの第5番は、この作曲家の交響曲の中で
最もポピュラーな人気を獲得しているものかもしれません。
5楽章3部構成というシンメトリックな楽章配置と、
各楽章のコンセプトとコントラストが鮮やかで、
最後は実に陽気なマーラー流ロンド・ソナタで
興奮の坩堝と化すといった分かり易さが、
大衆的な人気をも盛り上げているのでしょう。

スクリャービンの第5番「プロメテウス」は、
演奏形態はピアノ協奏曲で、
楽章構成は単一楽章で交響詩のようで、
交響曲と呼ぶには特異な作品ですが、
なかなか優れた作品です。

シベリウスの第5番は、この作曲家の作品の中で
次第に知名度と人気が高まっていると思われます。
おおらかな自然交響曲といった趣で、
終楽章の雄大な楽想を聴いていると、
鳥のように大空を舞ながら、フィンランドの森と湖の景色を
眺めているような気分になってきます。

ヴォーン・ウィリアムズの第5番も、
この作曲家独特の、そしてイギリスの風土独特の雰囲気が
静かに染み入るように拡がっていく作品で、近年は
イギリス以外でもしばしば演奏されるようになってきました。

ショスタコーヴィチの第5番は、
クラシック音楽ファンにはとても有名な作品でしょう。
かつては「革命」といったサブタイトルを付されて、
社会主義リアリズムの典型的な作品といった
類型的なレッテルを貼られて、
まるで通俗名曲のような扱いを受けているようにも
感じられましたが、近年はこの作品の本質が見直され、
むしろソヴィエト体制への抵抗心を健かに暗喩している作品
として、再評価が高まっているのではないでしょうか。


そして私のとっておきの第5番は・・・
残念ながら秘密兵器はありません。
ベートーヴェンの「第5番」に脱帽です。
チャイコフスキーとマーラーと
ショスタコーヴィチの「第5番」も
ベートーヴェンに負けず劣らず素晴らしいです。
何とも悩ましい・・・

ベートーヴェン「交響曲第5番」の私の愛聴盤は、
下の写真のディスクです。
「第4番」とのカップリングです。
指揮=クリストファー・ホグウッド
管弦楽=アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック
L'OISEAU-LYRE / F35L-20116

$松尾祐孝の音楽塾&作曲塾~音楽家・作曲家を夢見る貴方へ~-ベートーヴェン第5番ホグウッド盤