ドミートリイ・ドミートリエヴィチ・ショスタコーヴィチ
(Dmitrii Dmitrievich Shostakovich / 1906-1975)の
交響曲(全15曲)の探訪を先々週からアップしています。

ベートーヴェン以降のシンフォニストのジンクスであった
「交響曲第9番」を超えることが不可能ではないかという
大きく聳え立っていた壁を越えて、
あのマーラーも為し得なかった二ケタ番号交響曲の完成という
偉業を若くして成し遂げたショスタコーヴィチは、
さらに孤高の境地を歩んでいきます。

意表を突いた小振りな<第9番>が
"ジダーノフ批判"の対象になってしまうという苦境を乗り越えて、
1953年に<第10番>の発表によって
<第7番>以来の"戦争シリーズ"を完結すると、
20世紀序盤の事件に題材をシフトしていきました。
<第11番「1905年」>は、ロマノフ王朝末期の
「血の日曜日」事件を扱った表題交響曲、
そして、1961年に初演されたこの<第12番「1917年」>は、
レーニンによる「十月革命」を題材とした表題交響曲でした。

この<第11番>と<第12番>は多分にプロバガンダ的な作品で、
(実は<第11番>には隠されたメッセージがあるようですが)
特に<第12番>は今日では滅多に演奏されません。
しかし、この<第13番>は久しぶりに声楽(合唱)を導入した
交響曲であると同時に、そこに使用したテキストが、
極めて刺激的な内容になっています。

1975年に行われた早稲田大学交響楽団(指揮:山岡重信)による
日本初演を聴いている私としては、想い出深い作品です。
「バービィ・ヤールに記念碑はない・・・」という
意味深長な歌詞で始る、全5楽章約60分の大曲です。

この作品が発表された1962年当時のソ連は、
"雪解け"の時期で、非スターリン化が進行していました。
その状況の中で大胆にも、エヴゲニー・エプトゥシェンコの
体制批判的な詩をテキストに用いて、
初期の交響曲以来封印してきた声楽付交響曲のカタチを
復活させた作品になっている、問題作なのです。

作品の内容を問題視した当局の妨害工作にも挫けずに、
キリル・コンドラシン指揮&モスクワ・フィルハーモニーの
演奏によって1962年12月に初演された時には、
聴衆から熱狂的な拍手が沸いたと伝えられています。

"バービィ・ヤール"はキエフ近郊にある渓谷の名前で、
第二次世界大戦中にウクライナを占領したナチス・ドイツが、
ユダヤ人を(更にはロシア人やウクライナ人までも)
数万人規模で虐殺した地なのです。

折しも、現在のウクライナは、
ロシアと西欧の思惑の狭間に揺れ動き、
内乱状態に近い混乱した状況になっています。
2013年5月に私が
ファイナル・コンサートの指揮者としてドネツクを訪問した時は、
平和で美しい街の風景と、音楽を愛する多くの市民の皆さんが
とても好ましかったウクライナでしたが・・・
平和な解決を願ってやみません。

そして、1975年に行われた早稲田大学交響楽団
(指揮:山岡重信)による日本初演を聴いている私としては、
とても想い出深い作品です。
「バービィ・ヤールに記念碑はない・・・」という
意味深長な歌詞で始る、全5楽章約60分の大曲です。

##交響曲 第13番 変ロ長調『バービィ・ヤール』作品113##

着想当初は1楽章形式による交響詩として計画されたそうですが、
同じ詩人の他の作品も組み合わされて、
 第1楽章「バービィ・ヤール」 第2楽章「ユーモア」
 第3楽章「商店」 第4楽章「恐怖」 第5楽章「立身出世」
という5楽章構成を持つ大作になりました。

[第1楽章]「バービィ・ヤール」
反ユダヤ主義を糾弾する内容を持つ、
極めて刺激的な内容の楽章です。

[第2楽章]「ユーモア」
"どんな支配者もユーモアを手なずけることはできなかった"
という、反体制的な皮肉に満ちた、スケルツォ的な楽章です。

[第3楽章]「商店」
どんな季節でも行列に耐えて買い物をする女性達を讃え、
そんな庶民から暴利をむさぼろうとする商店を揶揄するといった
これまた皮肉に満ちた歌詞の内容を歌う楽章です。

[第4楽章]「恐怖」
スターリン時代の粛正や密告の横行は影を潜めてきたものの、
今度は、虚偽等の蔓延といった新たな恐怖が存在している
という意味深長な内容による、冷徹な楽章です。

[第5楽章]「立身出世」
その昔に地動説を主張し続けて弾圧された
あのガリレオ・ガリレイを例に引いて、世俗的出世を捨て、
危険を顧みず、人々に呪われてでも信念を貫き、
後の世に認められる生き様こそが真の「立身出世」であると、
ややパロディック歌い上げて全曲を閉じます。



何とも謎めいた雰囲気でかつ重苦しくもあり、
またパロディー精神にも溢れた、
交響曲らしくない交響曲です。
私の仕事場のライブラリーに在るCDはこの1枚です。

CD:ショスタコーヴィチ/交響曲第13番「バビ・ヤール」
   キリル・コンドラシン指揮
   バイエルン放送交響楽団 & バイエルン放送男声合唱団
   PHILIP / PROA-30
コンドラシン盤