チャイコフスキーの交響曲を探訪するシリーズもいよいよ終盤に入ってきました。
今日は三大交響曲の二曲目、第5番の紹介となります。

交響曲第1番と第2番の初演がそれぞれ大成功となって、
またシンメトリックな5楽章構成を持つ第3番も発表して、
ロシアで最初の本格的なシンフォニストとしての地歩を
確固たるものに固めていったチャイコフスキーは、
メック夫人のパトロネージュによって経済的安定を得て
大作の作曲に没頭できた成果が、第4番の強烈で
ドラマティックな音楽に結実しました。
しかしその後は楽想の枯渇や疲労感等、スランプに陥りました。
何とかマンフレッド交響曲を書いたものの、
第5番への道のりは遠かったようです。

しかし、1986年のヨーロッパ演奏旅行で作品が好評を博し、
マーラーやR.シュトラウスやグリーグとの交遊に刺激を得て、
再び意欲を取り戻して、1888年にこの第5番を一気に書き上げました。

初演当初は、作曲家本人はこの作品を必ずしも評価していなかったようですが、
演奏毎に聴衆の支持を得るに従って、
次第に本人も納得していったという逸話が残っています。

第1楽章の第3主題、第2楽章の副主題、
第3楽章の主要主題と、3つもワルツが主役になるという
いささか珍しい特徴を持った交響曲ですが、
冒頭に現れる単調の序奏主題が展開部等で巧みに展開された後、
終楽章の冒頭で長調で回帰して、
更にコーダでは高らかな行進曲となって全曲を閉じるという
一環した構成感は、チャイコフスキーの交響曲随一と言えるでしょう。

私が生演奏を聴いた中での名演としては、
ムラヴィンスキー&レニングラード・フィルの
来日公演に足を運んだ経験を挙げておきましょう。
私の仕事場のライブラリーでは、カラヤン盤LPが棚の奥に眠っている他、
下のCDが愛聴盤となっています。

チャイコフスキー/交響曲第5番
         幻想序曲「ハムレット」
シャルル・デュトワ指揮 モントリオール管弦楽団
LONDON / POCL 5081
チャイコフスキー/交響曲第5番CD

### チャイコフスキー/交響曲第5番 ホ単調 作品64 ###

第1楽章は、北の大地の針葉樹林を思わせるような
陰鬱な序奏主題に始まります。
この序奏主題は、第4番の序奏と同様に
"運命の主題"と呼ばれることもあります。
やがてソナタ形式主部に入り、序奏主題から派生した
一歩一歩踏み出すような第一主題が発展的の提示され、
次に激情が迸るような第二主題が情感を煽り、
やがてロシア風のワルツによる第三主題に至ります。
展開部は第一主題を中心に序奏主題も交えて充実を見せて、
クライマックスが収まったところで再現部になり、
三つの主題が再現された後、
第一主題を敷延した終結部によって音楽が鎮まります。

第2楽章は、美しい緩徐楽章です。
一般には(複合)三部形式を応用した構成と言われていますが、
細かく分析すると実はかなり複雑です。
柔らかに和音を紡ぐ序奏の後に
有名なホルンの主題がたおやかに奏でられます。
続いて、オーボエによる副主題が
束の間の夢のように過ぎ去ります。
そして直ぐにまた主要主題が今度は弦で再提示され、
盛り上がったところで"運命の主題"を暗示します。
続く副主題は、ロシア風のワルツの色合いが濃厚です。
ここまでを主部と捉えるのが一般的でしょう。

続く中間部に相当する部分では、
クラリネットによる寂しげな中間主題から始まり、
発展的に推移していきます。
このあたりの筆致は、単なるメロディー・メイカーではない
チャイコフスキーの構造的手腕の面目躍如といった感じです。
そして、"運命の主題"が強烈に回帰した後、主部に戻ります。
主要主題が変奏曲風に再現され、
そしてまた副主題がワルツ風に高らかに歌われます。
そして、楽章を閉じると思いきや、
突然"運命の主題"が荒々しく回帰して聴き手の度肝を抜いた後、
副主題が穏やかに奏でられて静かに音楽を閉じます。

第3楽章は、スケルツォの替わりにワルツ楽章になっています。
チャイコフスキーらしい創意による舞曲楽章と言えるでしょう。
短く地味な中間部を持つ(複合)三部形式です。
終わり間際に、木管に"運命の主題"が静かに顔を出し、
次の終楽章の序奏での華々しい回帰を暗示します。

第4楽章は、序奏と勇壮な終結部を擁する
堂々たるソナタ形式による終楽章です。
第1楽章冒頭の序奏主題="運命の主題"が、
この楽章の冒頭の序奏に長調になって回帰して、
"闘争から歓喜へ"というベートーヴェン以来の
モットーを、チャイコフスキー流に象徴しています。
主部は、二つの主題がキリリと引き締まったソナタ形式です。
展開部の後半の強烈なクライマックスからそのまま
再現部に強奏のままなだれ込む手法は、
チャイコフスキーの得意技です。
終結部では再び長調になった"運命の主題"が高らかに、
そして今度は更に行進曲長に勇壮になって鳴り響き、
圧倒的な迫力の中で全曲を閉じます。



第6番「悲愴」と人気を二分するこの第5番は、
やはり何度聴いても飽きない交響曲です。